何をしても文句を言われるとき、私は何を直せばいい?
一つ直したら、今度は別のことを言われる。
言われた通りにしたら、
「そこまでしなくていい」
と言われる。
自分で判断したら、
「なんで確認しなかったの?」
と言われる。
確認したら、
「それくらい自分で考えて」
と言われる。
こんなことが続くと、
「じゃあ、どうすればいいの?」
「結局、私は何を直せばいいの?」
となることがあります。
そして次第に、
何かをする前から、
「これで大丈夫かな」
「また何か言われないかな」
と考えるようになる。
すると問題は、
一つ一つの指摘だけではなくなります。
「文句を言われない正解を見つけなければ」
という状態そのものが、苦しさになっていきます。
そとがわメソッドでは、
次の正解を探す前に、
なぜ「相手から何も言われない正解」が必要になっているのか
を見ていきます。
一つ直すたびに、「正解」が増えていく
たとえば、
仕事で資料を作って提出したとします。
すると、
「もっと簡潔にして」
と言われた。
次は簡潔に作った。
すると今度は、
「説明が足りない」
と言われた。
こんなことが続けば、
「結局どうすればいいの?」
となるのも不自然ではありません。
最初は、
一つの指摘に対応していただけだった。
でも、
そのたびに、
「次はこうしなきゃ」
という条件を追加していくと、
少しずつ、
守らなければならない正解が増えていきます。
昨日は、
「詳しく説明する」。
今日は、
「簡潔にする」。
昨日は、
「自分で考える」。
今日は、
「先に確認する」。
そうなると、
仕事そのものより、
「今回はどの正解を使えば文句を言われないか」
を考えることが増えていきます。
「また言われた」が、「何をしてもダメ」に変わることがある
実際に起きたことは、
前回とは別の点を指摘された、
ということかもしれません。
でも、
自分の中では、
「またダメだった」
「何をしても正解にならない」
「自分はちゃんと判断できない」
というところまで広がることがあります。
すると、
一つの指摘の話ではなくなります。
次に何かするときにも、
「また間違うかもしれない」
「また何か言われるかもしれない」
「できない人だと思われるかもしれない」
と考えるようになる。
そうなれば、
自分で決めることそのものが怖くなることもあります。
自分で決めれば、
「なんで確認しなかったの?」
と言われるかもしれない。
確認すれば、
「それくらい自分で考えて」
と言われるかもしれない。
それなら、
迷うのにも理由があります。
正解を増やすほど、判断しやすくなるとは限らない
「次は同じことを言われないようにしよう」
と考えること自体は、
おかしなことではありません。
仕事を覚えるときにも、
過去の指摘は役に立ちます。
でも、
過去に言われたことを全部、
「今後も守るべき正解」
として蓄積すると、
今度は、
どれを使えばいいか分からなくなることがあります。
状況。
目的。
相手。
優先順位。
時間。
そのとき必要なこと。
これらは毎回同じとは限りません。
だから、
「前にこう言われたから、今回は必ずこうする」
だけでは合わない場面もあります。
正解を増やせば増やすほど、
安心できるとは限らない。
むしろ、
「間違えないために、もっと正解を覚えなければ」
が増えて、
判断が難しくなることもあります。
「もっと相手の意図を読まなきゃ」になっていないか
何をしても何か言われる状態が続くと、
次第に、
目の前の仕事だけではなく、
相手の意図まで先回りしようとすることがあります。
「この人は何を求めている?」
「今回は細かくした方がいい?」
「どこまで確認すればいい?」
「この言い方なら文句を言われない?」
「顔色は大丈夫?」
そうして、
相手の反応を予測しながら動くことが増えていく。
表面だけを見ると、
「考えすぎ」
「自信がない」
「人の顔色を見すぎ」
と言えるかもしれません。
でも、
本人の中では、
自分で判断してまた何か言われる方が困る
となっていることがあります。
そうであれば、
相手の意図を読もうとすることにも理由があります。
ここまで読んで、
「仕事の正解というより、文句を言われない正解を探していたかもしれない」
と思った方は、無料講座0時間目から自分の反応の仕組みを見てみてください。
次の正解を覚えるためではなく、自分の中で何が起きているのかを見るための入口です。
文句の内容は、普通に確認していい
ここで、
「じゃあ何も直さなくていいんですね」
という話にはなりません。
実際に、
明確なルール違反があった。
説明が足りなかった。
確認した方がよかった。
優先順位を勘違いしていた。
そういうことはあります。
その場合は、
普通に改善できます。
必要な基準を聞くこともできます。
分からないところを確認することもできます。
大切なのは、
今回ここを直すことと、
相手から何も言われない自分になること
を同じにしないことです。
前者は、
具体的な改善です。
後者は、
相手の反応まで含めて、
自分が全部管理しようとすることになる場合があります。
相手が何を言うかまで、自分だけでは決められない
同じことをしても、
何も言わない人もいます。
細かく指摘する人もいます。
同じ人でも、
忙しい日は気になることが増えるかもしれません。
状況によって、
優先順位が変わることもあります。
こちらが工夫できることはあります。
でも、
相手が何を気にするか。
どんな基準を持っているか。
どんな言い方をするか。
そのときどんな状態なのか。
最終的にどんな反応を返すか。
そこには、
自分以外の要素もあります。
だから、
「文句を言われた」
という結果だけを見て、
「自分の対応が悪かったからだ」
と全部まとめる必要はありません。
反対に、
「全部相手が悪い」
と決める必要もありません。
自分が扱える部分と、
自分だけでは決められない部分を分けて見ます。
本当に「何をしても文句を言う人」もいる
ここも、
本人の受け取り方だけの話にはしません。
何をしても細かく責める。
前に言ったことと違うことを平気で求める。
基準を共有しないまま、
結果だけ見て責める。
その日の機嫌によって言うことが変わる。
そういう人や環境もあります。
その場合、
「自分の考え方を変えれば大丈夫」
とは限りません。
基準を確認する。
記録を残す。
第三者に相談する。
距離を取る。
役割を変える。
環境そのものを見直す。
そういった現実側の対応が必要なこともあります。
そとがわから見ることは、
外側にある問題まで、
自分の内側の問題に変換することではありません。
「私は何を直せばいい?」が終わらなくなるとき
「何を直せばいい?」
という問いは、
具体的な改善点を探すなら役に立ちます。
でも、
この問いの中に、
「自分を直せば、もう何も言われなくなるはず」
まで入っていると、
終わりがなくなることがあります。
一つ直した。
また言われた。
では、次はここ。
また言われた。
では、もっと。
そうやって、
相手が何か言うたびに、
自分の中に新しい修正項目が増えていく。
すると、
あるところで、
「もう何を直したらいいのか分からない」
になります。
だとしたら、
次の改善項目を追加する前に、
なぜそこまで「正解」が必要になっているのか
を見る方が役に立つことがあります。
今日見るなら、この一つ
次に、
「また何か言われた」
となったとき、
すぐに、
「じゃあ次はどうすればいい?」
へ進む前に、
一つだけ見てみてください。
「私は今、何が起きないように正解を探しているんだろう?」
怒られること?
評価が下がること?
できない人だと思われること?
嫌われること?
関係が悪くなること?
相手を困らせること?
何が出てくるかは、
人によって違います。
一つだけとも限りません。
今見えているものが全部とも限りません。
正しい答えを出す必要もありません。
ただ、
「正解が分からない」
で終わらずに、
なぜそれほど正解を当てる必要があるのか
を一度見てみる。
そこが入口です。
次の正解を探し続けなくてもいいように
何をしても文句を言われる。
一つ直しても、
また別のことを言われる。
そういうことが続けば、
「次こそ間違えないように」
と考えるのは自然です。
でも、
相手から何も言われない正解を当て続けることまで、
全部自分の仕事にしなくてもいい。
今回、
何を言われたのか。
具体的に直す必要があるのか。
分からない基準があるのか。
自分はその場で、
何が起きることを避けようとしていたのか。
そこを一つずつ分けて見ます。
そとがわメソッドは、
正解を増やすための方法ではありません。
自分の中で何が起きているのかを観察し、
反応があっても、
その場で選べる行動を増やしていくための方法です。
無料講座0時間目「分かっているのに、やめられない理由」では、
分かっているのに同じ反応が起きる仕組みを解説しています。
次の正解を覚えるためではなく、自分の仕組みを実際に見られるようになるための入口としてご覧ください。
よくある質問
本当に相手が何をしても文句を言う人だったらどうすればいいですか?
その可能性もあります。
実際に、
言うことが頻繁に変わる。
何をしても責める。
基準を共有せず結果だけ批判する。
という人や環境もあります。
その場合は、
自分の内側だけを見ればいいわけではありません。
基準を確認する。
記録を残す。
相談する。
距離を取る。
必要なら環境を変える。
現実側への対応も考えます。
文句の内容を全部無視していいということですか?
違います。
具体的で妥当な指摘なら、
普通に確認して改善できます。
見るのは、
「ここは直そう」
から、
「私は何をしてもダメだ」
「もっと自分を直し続けなければ」
まで広がっていないかです。
必要な改善と、
自分全体の評価は別に扱えます。
正解を探さないと、また怒られませんか?
必要な基準を確認することはできます。
正解を探すこと自体が問題なのではありません。
ただ、
「相手から何も言われない正解」
まで完全に当て続けようとすると、
状況や相手によって変わる部分まで、
自分が管理することになります。
必要な基準を確認することと、
相手の未来の反応を全部防ぐことは別です。
また文句を言われたら、結局何も変わっていないということですか?
そうとは限りません。
相手がまた何か言ったという結果だけでは、
自分の中まで以前と同じとは判断できません。
以前なら、
すぐに「また自分が悪い」となっていた場面で、
今回は、
「具体的に何を言われている?」
と確認できることもあります。
必要な部分だけ直せることもあります。
分からない基準を聞けることもあります。
同じ出来事が起きたからといって、
その後まで全部同じとは限りません。
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→ 注意されると全部否定された気がするのはなぜ?一つの指摘が「自分全部」に広がる仕組み
一つの注意が「自分全部を否定された」に広がって苦しくなる場合はこちら。
もう少し、自分の中で起きていることを見てみたい方へ
一つ直したら、
また別のことを言われる。
自分で判断したら、
「確認して」と言われる。
確認したら、
「それくらい自分で考えて」と言われる。
そんなことが続くと、
「じゃあ何が正解なの?」
「私は何を直せばいいの?」
と、正解探しが止まらなくなることがあります。
そんなときは、
さらに自分を直す前に、
仕事の正解を探しているのか、
「相手から何も言われない正解」を探しているのか
を分けて見てみることもできます。
そとがわメソッドの無料講座では、
実際に起きた出来事。
そこについた意味や予測。
反応。
そのあとに選んだ行動。
そして、
なぜ、その反応や行動が必要になっているのか
を順番に分けて見ていきます。
実際に改善した方がいいことがあれば、
もちろん普通に直すこともできます。
でも、
問題が起きるたびに自分全部を直す必要があるとは限りません。
自分の中で何が起きているのかを、一度分けて見てみませんか。

そとがわメソッド開発者。心理学・自己啓発・潜在意識などを学んでも自己否定が終わらなかった自身の経験から、「自分を変える前に、何が起きているのかを見る」そとがわメソッドを開発。著書『自分を否定しない練習』。
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