親が望んでいる進路とは違う道に進みたい。
安定した仕事に就いてほしいと言われているけれど、別の働き方を選びたい。
結婚してほしい。
孫の顔を見せてほしい。
実家の近くにいてほしい。
家業を継いでほしい。
親が望んでいることは分かっている。
でも、
自分は違う選択をしたい。
そんなとき、
「自分の人生なんだから好きにすればいい」
と頭では分かっていても、
「申し訳ない」
「がっかりさせたくない」
「ここまで育ててもらったのに」
と苦しくなることがあります。
そして、
本当は違う道を選びたいのに、
親の期待に合わせた方がいい気がしてくる。
そんなことはないでしょうか。
親の期待に応えられないことが苦しいとき、
よく、
「親の人生と自分の人生は別」
「期待に応える義務はない」
と言われます。
それで整理できることもあります。
ただ、
分かっていても申し訳なさが消えないなら、
「親の期待を気にしないようにする」
の前に、
親の期待と自分の選択がズレたとき、自分の中で何が起きているのか
を分けて見てみてもいいかもしれません。
「親の期待に応えられなかった」と「親を傷つけた」は同じこと?
たとえば、
親から、
「地元で安定した仕事に就いてほしい」
と言われた。
あなたは、
地元を離れて別の仕事を選んだ。
ここで起きた出来事は、
親が希望を伝え、自分は別の選択をした。
です。
でも、そのあと、
「期待を裏切った」
「がっかりさせた」
「親不孝だ」
「自分勝手だ」
「ここまで育ててもらったのに恩を返せていない」
と続くことがあります。
すると、
本人の中では、
親の期待と違う選択をした=親を傷つけた
という一つの出来事のように感じます。
でも、
分けて見ると、
親の希望と違う選択をしたことと、
「自分が悪いことをした」という判断は、
同じではありません。
実際に親ががっかりすることもある
もちろん、
親が残念に思うこともあります。
寂しがることもある。
反対されることもある。
「そうしてほしくなかった」
と言われることもあります。
そとがわメソッドでは、
「親は本当は何とも思っていません」
という話にはしません。
見るのは、
親が実際にどう反応したかと、その反応から自分の中でどこまで広がったか
です。
たとえば、
親から、
「そうなんだ。残念だけどね」
と言われた。
ここで確認できるのは、
親が残念だと伝えたことです。
そこから、
「親を不幸にした」
「私は親不孝だ」
「自分の人生を優先してはいけない」
まで広がっているなら、
いくつか別の処理が続いています。
「育ててもらった」と「期待に応えなければならない」は同じ?
親に感謝している。
助けてもらった。
お金をかけてもらった。
支えてもらった。
だからこそ、
「期待に応えたい」
と思うことはあります。
でも、
ここでも分けて見ることができます。
育ててもらったこと。
感謝していること。
だから親の望む人生を選ばなければならないこと。
これは、全部同じでしょうか。
本人の中で、
感謝と義務が強くつながっていると、
自分の希望を選ぶたびに、
「恩を返していない」
という罪悪感が出ることがあります。
すると、
自分の選択をすることが、
ただの進路や仕事の話ではなくなります。
「自分の人生を選ぶ」が危険になる
親の期待と違う選択をすると、
親が傷つく。
怒る。
悲しむ。
関係が悪くなる。
見放される。
「育て方を間違えた」と思われる。
そう予測しているなら、
自分の希望を選ぶことには、
大きな危険がついています。
すると、
本当はやりたいことがあっても、
親が安心する方を選ぶ。
反対されそうなことは言わない。
決める前に親の反応を確認する。
説得できる理由をたくさん準備する。
こうした行動が必要になります。
つまり、
「自分で決められない」のではなく、
自分で決めた先に起きることが危険に見えている
可能性があります。
親の反応を確認し続ける
自分の選択を伝えたあと、
親の表情を見る。
声のトーンを気にする。
LINEの返信を何度も読み返す。
「怒ってないかな」
「落ち込んでないかな」
と確認する。
少し反応が暗いだけで、
「やっぱり私が悪かった」
と思う。
すると、
親の気持ちを元に戻すために、
説明を追加したり、
謝ったり、
選択そのものを撤回したくなったりすることがあります。
親の反応そのものより、
親が不快な状態のままでいることに耐えにくい
のかもしれません。
「申し訳ない」が選択を戻す力になる
罪悪感が出ると、
それを解消するための行動が必要になることがあります。
謝る。
言い訳する。
親の希望を一部だけ受け入れる。
別のことで埋め合わせる。
最終的には、
自分の選択そのものを変える。
ここで、
罪悪感はただ感じているだけではなく、
自分の選択を戻す方向に働いている
場合があります。
では、
なぜ戻す必要があるのでしょうか。
親が悲しんでいるから?
関係が悪くなるから?
「親をがっかりさせた自分」のままでいることが怖いから?
そこは分けて見ることができます。
悪いことをしていないのに罪悪感が強く出る場合は、悪いことをしていないのに罪悪感がある|「私が悪い」と感じるのはなぜ?も近いテーマです。
「親の期待を気にする私はダメ」が新しい問題になることもある
自立について学ぶと、
今度は、
「親の期待を気にしないようにならなきゃ」
と思うことがあります。
自分軸で生きたい。
親離れしなきゃ。
自分で決められる人になりたい。
それで整理できることもあります。
ただ、
親の反応が気になるたびに、
「まだ親に支配されてる」
「自立できてない」
「私は弱い」
と、
自分を責め始めることもあります。
すると、
最初は
「親の期待と自分の希望がズレた」
だったものが、
「親を気にする私はダメ」
という別の問題になります。
親の期待を気にする反応そのものを、
さらに悪者にしなくても構いません。
「親に申し訳ない」を細かく見てみる
たとえば、
親が「地元に残ってほしい」と言った。
自分は県外へ行くと決めた。
親の表情が暗くなった。
胸がざわついた。
「がっかりさせた」と思った。
「親を一人にしてしまう」と考えた。
「私は親不孝だ」と感じた。
申し訳なくなった。
進路を変えた方がいい気がした。
ここまで分けると、
最初から、
「親に申し訳ない」
という一つのものがあったわけではありません。
いくつかの処理が続いています。
ここで見るのは、
「親を気にするな」
ではありません。
何が起きた?
親は実際に何と言った?
そこにどんな意味を足した?
何が起きると思った?
身体や感情はどう反応した?
そのあと何をする必要が出た?
という流れです。
親の期待に応えること自体が悪いわけではない
親の希望を聞いて、
自分も同じ道を選びたいと思うこともあります。
親を安心させたいと思うこともある。
親のために何かしたいと思うこともある。
それ自体を、
「親軸だからダメ」
とする必要はありません。
大事なのは、
自分で選んだのか。
それとも、
選ばないと何か悪いことが起きると感じているのか。
という違いです。
親の期待に応える選択も、
応えない選択も、
どちらかが正しいわけではありません。
親をがっかりさせても、自分の選択を見ることはできる
親が残念がることはあるかもしれません。
反対されることもあります。
それを見たとき、
罪悪感が出ることもある。
でも、
罪悪感が出たからといって、
必ず自分の選択を戻さなければならないわけではありません。
「申し訳ない」
「悲しませたかもしれない」
という反応がありながら、
今、自分の中で何が起きているのか
を見ることはできます。
そのうえで、
説明するのか。
謝るのか。
そのまま選択を続けるのか。
別の選択をするのか。
決めることができます。
反応があることと、
その反応の言う通りに行動しなければならないことは、
同じではありません。
「親の期待を手放す」の前に見られること
親の期待が気になったとき、
少しだけ手前から見てみます。
親は実際に何を望んでいる?
自分は何を選びたい?
その違いに、どんな意味がついた?
親ががっかりしたら、何が起きると思った?
自分はどう反応した?
そのあと何をする必要が出た?
そして、
なぜ今、自分の選択を変える必要があるんだろう?
親の期待を無視するのでも、
必ず応えるのでもなく、
その間で何が起きているのかを見る。
そこから始めることもできます。
親の期待。
自分の希望。
その違い。
そこに、
「親をがっかりさせた」
「恩を返せていない」
「自分勝手だ」
という意味が加わった。
罪悪感が出た。
そして、
謝る。
説明する。
選択を戻す。
という行動が必要になった。
こうして分けてみると、
「私は親に申し訳ないと思ってしまう人」
という完成した説明だけではなく、
その途中で何が起きているのかを見ることができます。
無料講座では、「親の期待を気にしない自分になる方法」ではなく、自分の中で出来事・意味・予測・反応・行動がどうつながっているのかを順番に見ていきます。
よくある質問
親に育ててもらったなら、期待に応えるのは当然ではないですか?
そう考える人もいます。
この記事では、期待に応える・応えないの正解を決めません。
見るのは、「育ててもらった」という事実と、「だから自分の人生は親の希望に合わせなければならない」というところまでが同じことなのか、という部分です。
親が本当に傷ついているなら、私が悪いのでは?
自分の選択によって相手が傷つくことはあります。
ただ、「相手が傷ついた」と「自分が悪い人である」は同じことではありません。
実際に起きたことと、そのあと自分につけた意味を分けて見ることができます。
親の期待は無視した方がいいですか?
無視することを新しい正解にはしません。
聞いたうえで選ぶこともできます。
大事なのは、親の期待に応えることが自分の選択なのか、「応えないと危険」と感じて必要になった行動なのかを見ることです。
親に申し訳ない気持ちはなくした方がいいですか?
なくす必要はありません。
申し訳なさが出たときに、その前後で何が起き、そのあと何をしようとしているのかを見られると、その感情だけで選択を決めなくて済む余地が生まれます。
関連記事
まずは無料講座から
親の期待。
自分の選択。
その違いについた意味。
その先の予測。
罪悪感。
そして、
そのあと必要になった行動。
それぞれを一度分けて見てみる。
無料講座では、親との関係の正解を決めるためではなく、自分の中で何が起きているのかを見るための仕組みを0時間目から扱っています。


そとがわメソッド開発者。心理学・自己啓発・潜在意識などを学んでも自己否定が終わらなかった自身の経験から、「自分を変える前に、何が起きているのかを見る」そとがわメソッドを開発。著書『自分を否定しない練習』。
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