迷惑をかけないようにする。
間違えないように確認する。
相手を怒らせないように気をつける。
忘れ物をしないようにメモする。
同じ失敗をしないように振り返る。
問題が起きるたび、
次は起きないように、
一つずつ対策を増やしてきた。
それなのに、
なぜか安心できない。
むしろ、
確認することが増えた。
気をつけることが増えた。
「これもやらなきゃ」
「ここも見ておかなきゃ」
が増えていく。
そして、
何か問題が起きると、
「まだ自分の確認が足りなかった」
と思う。
でも、
ここで一度分けて見たいことがあります。
自分ができることを丁寧にやることと、
問題が起きない未来を作ることは、同じではありません。
問題が起きるたび、「次から気をつける」は増やせる
仕事でミスをした。
次から、
提出前に確認する。
約束を忘れた。
次から、
予定表に入れる。
相手を不快にさせた。
次から、
言い方を少し考える。
こうした改善は、
普通にできます。
問題が起きた経験から、
次回できることを増やす。
それ自体は、
何もおかしくありません。
ただ、
改善の目的が、
いつの間にか、
「もう二度と問題を起こさないこと」
になっていくことがあります。
「問題が起きた=まだ何か足りなかった」になる
たとえば、
十分確認したつもりだった。
それでも、
ミスが起きた。
すると、
「ここも確認するべきだった」
という新しい項目が増える。
次は、
そこまで確認する。
でも、
また別の問題が起きた。
すると、
また新しいルールを追加する。
もっと早く確認する。
別の人にも聞く。
念のため保存する。
相手の様子も見る。
予備まで用意する。
こうして、
問題が起きるたび、
「まだ知らない正解があった」
ということになります。
対策を増やすほど、「全部守れば安全」になっていく
ルールが増えると、
最初は安心します。
これを確認すれば大丈夫。
これもやれば安心。
ここまで準備すれば、
きっと問題は起きない。
でも、
現実では、
予想していなかったことも起きます。
すると、
「まだ確認が足りない」
となる。
さらにルールを増やす。
こうして、
安心するために作ったルールが、
今度は、
全部守らなければ不安になるルール
へ変わることがあります。
「ちゃんとする」の範囲は、どこまでも広げられる
「ちゃんとする」
という言葉は、
かなり広い言葉です。
仕事を間違えない。
時間を守る。
相手に配慮する。
周りを見る。
忘れない。
気を利かせる。
丁寧にする。
早くする。
自分で考える。
確認する。
必要なら相談する。
考え始めると、
いくらでも追加できます。
だから、
「もっとちゃんとする」
を解決策にすると、
終わりが決まりません。
何か起きるたび、
新しい「ちゃんと」が見つかります。
問題が起きなかった日は、「ちゃんとしたから」と思いやすい
丁寧に準備した。
何も問題が起きなかった。
すると、
「ちゃんと準備したから大丈夫だった」
と思うことがあります。
その可能性はあります。
準備が役立ったのかもしれません。
でも、
問題が起きなかった理由には、
ほかの条件もあります。
たまたま想定外がなかった。
相手が柔軟だった。
時間に余裕があった。
ほかの人がフォローしていた。
条件が良かった。
原因は一つとは限りません。
それでも、
「ちゃんとしたから問題が起きなかった」
と強く結びつくと、
次から、
ちゃんとし続けることが安全の条件
になります。
逆に問題が起きると、「ちゃんとしなかったから」になる
同じことが、
逆方向にも起きます。
問題が起きた。
↓
何か原因があったはず。
↓
自分にできたことは?
↓
ここをもっと確認できた。
↓
やっぱり私が十分ちゃんとしていなかった。
こうして、
結果から、
自分の不足が見つかります。
でも、
「もっとできたこと」が見つかったことと、
その問題が、
自分の不足によって起きたことは同じではありません。
自分を改善することと、未来を制御することが混ざる
自分の行動は、
変えられます。
確認回数を増やす。
準備する。
相談する。
言い方を変える。
これは、
自分の範囲です。
でも、
その結果、
相手がどう思うか。
誰かがミスするか。
予定外のことが起きるか。
環境が変わるか。
トラブルが起きるか。
そこまで、
自分一人では決められません。
それなのに、
「私がちゃんとしていれば全部大丈夫」
になると、
自分の行動で、
自分以外の変数まで管理しようとします。
「問題を起こさない人」になろうとすると苦しくなる
ミスを減らす。
大切です。
同じ失敗を繰り返さない。
それも役立ちます。
でも、
問題が一切起きない人になる
となると、
話が変わります。
仕事をしていれば、
予想外のことがあります。
人と関われば、
意見が合わないこともあります。
十分準備しても、
うまくいかないことがあります。
自分に落ち度がなくても、
トラブルに巻き込まれることもあります。
問題が起きたこと自体を、
「まだ自分がちゃんとしていない証拠」
にすると、
自分を改善する仕事は終わりません。
「同じことを繰り返さない」と「何も起こさない」は違う
一度ミスした。
原因を確認した。
次は、
同じことを避ける。
これはできます。
でも、
その対策によって、
今後すべての問題が起きなくなるわけではありません。
前回は、
確認不足。
今回は、
情報不足。
次は、
予定変更かもしれない。
別の問題が起きるたび、
「あの対策では足りなかった」
としなくても構いません。
前回への対策は、
前回への対策として残せます。
「気をつければ防げる」は、安心を作りやすい
問題が起きるかどうかは、
完全には分からない。
それは、
不安です。
でも、
「私がもっと気をつければ防げる」
と考えると、
やることができます。
もっと確認する。
もっと準備する。
もっと相手を見る。
自分が頑張れば、
未来を良くできるように感じます。
だから、
「自分がちゃんとすればいい」
という結論は、
苦しい一方で、
安心も作ります。
自分で何とかできる話になるからです。
その安心を守るために、自分を責めることもある
問題が起きたとき、
「自分が悪かった」
と考える。
苦しい。
でも、
もし、
「自分が悪かった」が正しいなら、
次は、
自分を変えれば防げます。
一方、
「誰が悪いわけでもなく、いろいろな条件で起きた」
だと、
完全には防げません。
だから、
自分を責めることが、
次は自分で何とかできるという見通し
につながっている場合もあります。
ここまで読んで、
「私は問題を起こしたくないから、自分のルールを増やし続けていたのかもしれない」
と思った方は、無料講座0時間目から見てみてください。
もっと正しいルールを増やすためではなく、なぜ問題が起きるたび「もっとちゃんとしなきゃ」になるのかを見るための入口です。
「確認しないと不安」が増えていくこともある
一度確認する。
安心する。
でも、
前に確認したのにミスしたことがある。
だから、
もう一度確認する。
それでも不安。
別の項目も確認する。
誰かにも聞く。
すると、
確認するものが増えます。
問題を完全に防ぐことが目的なら、
「これで十分」という線を引きにくくなります。
どこかに、
まだ見落としがあるかもしれないからです。
人の反応まで「ちゃんとする」の対象になる
仕事だけではありません。
人間関係でも、
ちゃんとしようとすることがあります。
嫌われないようにする。
機嫌を悪くさせない。
失礼にならない。
迷惑をかけない。
傷つけない。
そのために、
言葉を選ぶ。
相手を見る。
先回りする。
自分を抑える。
もちろん、
配慮が必要なこともあります。
でも、
相手の反応まで、
「自分がちゃんとすれば悪くならない」
にすると、
相手が不機嫌になるたび、
「私の対応のどこが悪かった?」
になります。
相手が怒ったことと、自分の不備は別に見られる
何かを言った。
相手が怒った。
自分にも、
別の言い方ができたかもしれない。
でも、
相手が怒るかどうかは、
相手側の変数も含みます。
同じ言葉でも、
平気な人もいる。
不快になる人もいる。
その日の状態でも変わる。
だから、
相手が怒ったという結果だけで、
「私がもっとちゃんとしていれば防げた」
とは確定できません。
ルールが増えすぎると、かえって判断できなくなる
ちゃんとするために、
ルールを増やした。
でも、
ルールが増えるほど、
迷うことがあります。
早くやる。
でも、
慎重にやる。
自分で考える。
でも、
勝手に判断しない。
人に合わせる。
でも、
自分の意見も言う。
周りを見る。
でも、
自分の仕事も優先する。
どれも、
場面によっては役立ちます。
でも、
全部を常に守ることはできません。
すると、
何を選んでも、
「別の正解を守れなかった」
になります。
正解が増えすぎると、自分の行動を後から何でも責められる
早く動いた。
「もっと確認すればよかった」
確認した。
「もっと早く動けばよかった」
相手に合わせた。
「自分の意見を言えばよかった」
意見を言った。
「もっと相手に配慮すればよかった」
正解が多ければ、
結果を見てから、
必ず一つ、
守れなかった正解を見つけられます。
そして、
「やっぱりちゃんとできなかった」
となる。
「問題が起きた」を、毎回自分の新しい課題にしなくていい
問題が起きたら、
見ることはできます。
何が起きた?
自分に改善できることは?
相手側には何があった?
環境には?
偶然は?
まだ分からないことは?
自分に変えられることがあれば、
変える。
でも、
問題が起きたこと自体を、
毎回、
「新しい自分の欠点が見つかった」
にしなくても構いません。
「十分ちゃんとしたか」ではなく、「今回必要だったこと」を見る
「ちゃんとできた?」
という問いは、
終わりがありません。
もっとできたことを、
いくらでも探せるからです。
それより、
今回の場面では、
何が必要だった?
自分は、
何をした?
何が不足していた?
次に、
具体的に何を変える?
そこまで見れば、
今回については扱えます。
それ以上、
未来のすべてを守るためのルールまで作らなくてもいい。
問題が起きないことを、成功条件にしなくてもいい
問題が起きた。
だから失敗。
問題が起きなかった。
だから成功。
そうすると、
結果によって、
自分の行動が全部採点されます。
でも、
十分に準備しても、
問題は起きることがあります。
逆に、
あまり準備していなくても、
偶然何も起きないこともある。
だから、
結果だけで、
自分が十分ちゃんとしていたかを決めなくても構いません。
今日見るなら、「私は何を起こさないために、これをしている?」
確認が増えている。
ルールが増えている。
「ちゃんとしなきゃ」が強くなっている。
そんなとき、
一つだけ見てみてください。
「私は今、何を起こさないためにこれをしている?」
ミス?
怒られること?
嫌われること?
迷惑をかけること?
評価が下がること?
不安になること?
そして、
その結果は、
本当に自分一人で完全に管理できるものなのか。
そこまで見ます。
「ちゃんとすれば問題は起きない」と思うほど苦しくなるなら
確認する。
準備する。
振り返る。
相手に配慮する。
それらを、
やめる必要はありません。
必要なことは、
できます。
ただ、
それらが、
「問題が起きない未来を保証するための条件」
になると、
終わりがなくなります。
問題が起きる。
↓
まだ足りないものがあった。
↓
新しいルールを追加する。
↓
もっとちゃんとする。
↓
それでも別の問題が起きる。
↓
さらにルールを増やす。
この流れを、
一度外から見る。
そとがわメソッドでは、
「もっとちゃんとできる人になる」より先に、
なぜ“ちゃんとすること”が、問題を起こさないために必要になっているのか
を見ていきます。
無料講座0時間目「分かっているのに、やめられない理由」では、
十分気をつけているのに、
また同じように確認や自分責めへ戻るとき、
その間で何が起きているのかを、
実際の出来事から見ていきます。
もっと完璧になるためではなく、自分がどこまで扱え、どこから先は自分だけでは決められないのかを見るための入口としてご覧ください。
よくある質問
ミスを防ぐために確認することは悪いことですか?
いいえ。
必要な確認や準備はできます。
この記事で扱っているのは、
確認そのものではなく、
「十分確認すれば、今後の問題を全部防げる」
というところまで自分に求めていないか、
という点です。
ちゃんとしなくなったら、仕事が雑になりませんか?
「ちゃんとするのをやめる」という話ではありません。
仕事上必要な基準や確認は残せます。
曖昧な「もっとちゃんと」ではなく、
今回必要な行動を具体的にします。
自分が気をつければ防げる問題もありますよね?
あります。
自分が変えられる部分は変えられます。
ただ、
防げるものがあることと、
すべての問題が自分の管理不足で起きることは別です。
問題が起きるのが怖いのは普通ではありませんか?
問題を避けたいと思うこと自体は珍しくありません。
見るのは、
そのためにどこまで自分を管理し、
どこまで未来や他人の反応まで自分の責任にしているかです。
関連記事
十分気をつけているのに注意されるたび、「もっとちゃんとした自分にならなきゃ」と改善を増やしている場合はこちら。
相手から何も言われない正解を探し続けている場合はこちら。
何をした方がいいか分かっていて改善も続けているのに、問題が起きるたびまた自分の修正点を探してしまう場合はこちら。
もう少し、自分の中で起きていることを見てみたい方へ
失敗しないように確認する。
迷惑をかけないように先回りする。
一度注意されたことは、次から気をつける。
それでも何か起きるたびに、
「まだ足りなかった」
「もっとちゃんとしなきゃ」
と、新しいルールが増えていくことがあります。
そんなときは、
さらに自分を改善する前に、
「ちゃんとしていれば、問題は起きないはず」
という前提から、何が起きているのかを見てみることもできます。
そとがわメソッドの無料講座では、
実際に起きた出来事。
そこについた意味や予測。
反応。
そのあとに増えたルールや行動。
そして、
なぜ「もっとちゃんとすること」が必要になっているのか
を順番に分けて見ていきます。
必要な確認や改善まで、やめる必要はありません。
でも、
何も問題が起きない自分になるために、ルールを増やし続ける必要があるとは限りません。
今まで学んできたことや身につけてきた工夫も捨てずに、
自分の中で何が起きているのかを一枚の地図で見てみませんか。

そとがわメソッド開発者。心理学・自己啓発・潜在意識などを学んでも自己否定が終わらなかった自身の経験から、「自分を変える前に、何が起きているのかを見る」そとがわメソッドを開発。著書『自分を否定しない練習』。
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