話がかみ合わないのはなぜ?「前提」が違うと結論まで変わる理由

「部屋、片づけておいてね」

「はーい!」

しばらくして、部屋を見に行きました。

床に散らかっていたものは、きれいに片づいています。

でも、机の上には書類が山積み。

棚の上にも、いろいろなものが置かれたままです。

「えっ、全然片づいてないじゃん!」

すると、相手は不思議そうな顔をします。

「えっ、片づけたよ?」

「いや、机の上とか残ってるでしょ?」

「だって、床のものは全部片づけたよ?」

……あれ?

二人とも同じ日本語で話しているはずなのに、なぜか話が通じていません。w

片方にとって「部屋を片づける」とは、床も机も棚も、きれいに整えること。

もう片方にとっては、床に散らかっていたものを片づけること。

もしそうなら、同じ「片づける」という言葉を使っていても、頭の中で想像していた完成図が違います。

一方は、

「片づけてって言ったのに!」

と思っている。

もう一方は、

「ちゃんと片づけたのに!」

と思っている。

どちらも、自分では筋の通ったことを言っているつもりです。

でも、会話はどんどんかみ合わなくなる。

さて、何が起きているのでしょう。

相手が話を聞いていなかったのでしょうか。

こちらの説明が下手だったのでしょうか。

それとも、そもそも別の問題だったのでしょうか。

今日は、そんな日常のすれ違いから、**人間が当たり前に使っている「前提」**について見てみましょう。

目次

同じことを話しているつもりでも、同じものを想像しているとは限らない

最初の会話を、もう一度見てみます。

「部屋を片づけておいてね」

「わかった!」

ここだけ聞くと、話は通じています。

頼んだ人も、引き受けた人も、特に疑問を感じていません。

ところが、二人の頭の中にある「片づいた部屋」は、違っていたかもしれません。

頼んだ人は、床も机も整理された状態を想像している。

引き受けた人は、床がきれいになった状態を想像している。

でも、二人とも、それをわざわざ説明していません。

なぜでしょう。

自分が思い浮かべている「片づける」の意味が、相手にも伝わっていると思っているからかもしれません。

もしそうなら、最初の「わかった!」は、少し不思議な返事ですよね。

実際には違うことを想像しているのに、二人とも「話が通じた」と思っているんです。

もちろん、本当に約束したことを守らなかった場合もあります。

頼まれた範囲を理解していたのに、途中でやめてしまった可能性もあるでしょう。

だから、すべてのすれ違いを「前提が違っただけ」と決めることはできません。

ただ、そもそも同じものを想像していたのかという視点は持てます。

ここで面白いのは、自分が当たり前に想像していたことほど、わざわざ説明しようと思わない場合があることです。

そもそも「前提」って何?

前提とは、何かを考えたり判断したりするとき、あらかじめ置いている条件や考えのことです。

例えば、

「今日は雨が降りそうだから、傘を持っていこう」

と思ったとします。

ここには、

「雨に濡れたくない」

「傘があれば濡れるのを防げる」

という考えが関係しています。

でも、別の人なら、

「少しくらい濡れてもいいや」

と思って、傘を持っていかないかもしれません。

あるいは、

「今日は車で移動するから、傘はいらないかな」

と思う人もいるでしょう。

みんな同じ天気予報を見ています。

でも、行動は違います。

なぜでしょう。

天気予報の内容が違うのではなく、その情報から何を重視して判断するかが違うからです。

そして、私たちは普段、自分の中にある前提をすべて意識しているわけではありません。

むしろ、「当たり前」だと思って使っていることも多いんです。

だから、別の前提で考えている人に出会うと、

「えっ、なんでそうなるの?」

という疑問が生まれます。

同じホテルを見ているのに、結論が反対になる

例えば、二人で旅行の計画を立てているとします。

ホテルを探していたら、こんな二つが見つかりました。

AホテルBホテル
宿泊料金1泊8,000円1泊14,000円
駅からの距離徒歩20分徒歩3分
観光地へのアクセスやや不便便利

一人は言います。

「Aホテルでよくない? 6,000円も安いよ!」

ところが、もう一人は言います。

「えー、Bホテルの方がよくない? 駅からすぐだし!」

すると、こんな会話になるかもしれません。

「いやいや、6,000円も違うんだよ?」

「でも、駅から20分も歩くんだよ?」

「そのくらい歩けるでしょ?」

「旅行なのに、そんなに歩きたくないよ!」

……あれ?

ホテルを選んでいたはずが、いつの間にか相手の価値観を審査する会議になっています。w

さて、どちらの言っていることが正しいのでしょう。

Aホテルが安いことは事実です。

Bホテルが駅に近いことも事実です。

二人とも、ホテルの情報を間違えているわけではありません。

では、何が違うのでしょう。

一人は、宿泊費を抑えることを大切にしています。

もう一人は、移動の負担を減らすことを大切にしています。

つまり、同じ情報を使っていても、何を優先するかによって結論が変わるんです。

例えば、安いホテルを選びたい人は、

「ホテルは寝るだけだから、宿泊費は抑えたい」

と思っているかもしれません。

一方、駅に近いホテルを選びたい人は、

「旅行中くらい、移動で疲れたくない」

と思っているかもしれません。

そうだとしたら、二人の結論が違うのも不思議ではありませんよね。

ただ、お互いの前提を知らないままだと、

「なんでそんな無駄遣いをするの?」

「なんでわざわざ不便な場所に泊まるの?」

となってしまう。

相手の判断が、意味不明に見えてしまうことがあるんです。

筋が通っていることと、前提が正しいことは別

ここで、少し論理学の話をしてみましょう。

難しい話にしたいわけではありません。

人間がどんなふうに結論を出しているのかを見ると、なかなか面白いんです。

例えば、

「すべての鳥は飛べる」

「ペンギンは鳥である」

という前提を置いたとします。

そこから、

「だから、ペンギンは飛べる」

という結論を出しました。

さて、この結論は正しいでしょうか。

もちろん、ペンギンは飛べません。

では、何がおかしかったのでしょう。

「すべての鳥は飛べる」という最初の前提が、事実と違っていたんです。

ここで大切なのは、前提から結論を導く筋道が整っていることと、前提そのものが事実に合っていることは別だということです。

論理学では、こうした前提と結論の関係が研究されています。

参考:Stanford Encyclopedia of Philosophy「Classical Logic」

もちろん、日常の会話は、いつも論理学の問題のように整理されているわけではありません。

でも、同じことは日常でも起こります。

例えば、

「ちゃんとした人なら、約束の10分前には到着する」

という前提を持っている人がいたとします。

すると、約束の5分前に来た人を見て、

「時間にルーズな人だ」

と思うかもしれません。

でも、別の人は、

「約束の時間に間に合っているんだから問題ない」

と思うかもしれません。

何時に到着したかは同じです。

でも、「ちゃんとしている」の基準が違います。

ここで、

「約束の5分前に来た」

という出来事と、

「時間にルーズな人だ」

という評価を分けてみることができます。

自分の中では、きちんと筋が通っているかもしれません。

ただ、その筋道の出発点は、誰にとっても同じとは限らないんですね。

「早めにお願いします」は、何時まで?

もう一つ、身近な例を見てみましょう。

職場で、こんなことを言われました。

「この資料、早めにお願いね」

「はい、わかりました!」

さて、何時までに提出するのでしょう。

頼まれた人は、

「今日中に仕上げればいいかな」

と思いました。

でも、頼んだ人は、

「午前中には欲しいな」

と思っていたかもしれません。

あるいは逆に、

「明後日の会議までにあれば十分」

と思っていたかもしれません。

同じ「早めに」なのに、ずいぶん違いますね。

もし、午前中に欲しかった人が午後になっても届かないことに腹を立てたらどうでしょう。

「早めにって言ったよね?」

頼まれた人は驚きます。

「はい! 今日中ですよね?」

「いや、午前中のつもりだったんだけど!」

……あら?

「早めに」の意味が違っただけなのに、片方は約束を破られた気分になっているかもしれません。

もちろん、仕事なら期限を具体的に確認することは大切です。

ただ、ここで見たいのは、なぜ二人とも「ちゃんと伝わった」と思っていたのか、という部分です。

頼んだ人にとっては、午前中が当たり前だった。

頼まれた人にとっては、今日中が当たり前だった。

だから、わざわざ確認する必要を感じなかった。

そんなことが起きていたのかもしれません。

人間は、全部説明しなくても会話できる

ところで、私たちは普段、会話のたびにすべてを説明しているわけではありません。

例えば、友達と、

「明日、いつもの場所でね!」

という約束をすることがあります。

それで通じるなら、とても便利ですよね。

でも、もし友達の「いつもの場所」が駅の改札口で、自分の「いつもの場所」が駅前のカフェだったらどうでしょう。

明日、二人とも約束どおりに出かけます。

一人は駅の改札口へ。

もう一人は駅前のカフェへ。

そして、お互いにメッセージを送ります。

「どこにいるの?」

「いつもの場所だよ!」

「だから、どこ!?」

……もう、そりゃそうなりますよねw

でも、ちょっと面白いんです。

二人とも約束を守ったつもりなのに、会えません。

なぜでしょう。

共有していると思っていた情報が、実際には共有されていなかったからです。

心理学やコミュニケーション研究には、「共通基盤(Common Ground)」という考え方があります。

共通基盤とは、会話する人たちが共有している知識や信念、想定などに関わる概念です。

心理学者のハーバート・クラークとスーザン・ブレナンは、1991年の研究で、コミュニケーションや共同作業における共通基盤について説明しています。

私たちは、互いに共有している情報を利用することで、毎回すべてを説明せずに会話できます。

でも、その共有が成立していなければ、話がすれ違うこともあります。

つまり、会話を成立させるために便利な仕組みが、すれ違いの理由になることもあるんです。

参考:Clark & Brennan(1991)「Grounding in Communication」

自分には見えている。でも相手にも見えている?

さらに興味深い研究があります。

2000年、心理学者のボアズ・キーサーらは、会話の中で人が相手の視点をどのように使うかを調べました。

実験では、参加者が指示に従って物を動かすときの視線などを調べています。

すると、指示を出している人からは見えない物まで、指示の対象として一時的に考えてしまうことがありました。

相手に何が見えているのかという情報があっても、自分に見えているものをもとに理解してしまう場合があったんです。

参考:Keysarほか(2000)「Taking Perspective in Conversation」

これは日常にもつながる話ですよね。

自分には分かっている。

自分には見えている。

自分にとっては当然のこと。

でも、相手も同じ情報を持っているとは限りません。

例えば、パソコンの操作を教えているとき。

「そこのボタンを押して」

と言ったとします。

でも、相手の画面には違うものが表示されているかもしれません。

教えている人は、

「なんで分からないんだろう?」

と思います。

教わっている人は、

「そこのボタンって、どこ!?」

と思っています。

そもそも違う画面を見ているなら、説明を10回繰り返しても見つからないかもしれません。w

相手が理解できないのではなく、理解するために使っている情報が違う場合もあるんです。

「なんで分からないの?」と思ったとき、何が起きている?

さて、ここからもう少し、人間の反応を見てみましょう。

誰かに自分の考えを説明しました。

でも、相手は納得してくれません。

そこで、

「いや、だから、そういうことじゃなくて!」

と思ったとします。

このとき、何が起きているのでしょう。

例えば、旅行のホテル選び。

自分は、宿泊費を安く抑えたいと思っています。

だから、

「Aホテルの方が6,000円も安いんだよ!」

と説明しました。

でも、相手は、

「うん。でも、私はBホテルの方がいいな」

と言いました。

すると、

「えっ? ちゃんと説明したのに、なんで分からないの?」

と思うかもしれません。

でも、ちょっと待ってください。

相手は、6,000円安いことを理解していないのでしょうか。

もしかすると、理解したうえで、

「それでも、移動が楽な方がいい」

と考えているのかもしれません。

そうだとしたら、もう一度料金の違いを説明しても、答えは変わらないかもしれません。

こちらは価格差を説明している。でも相手が話しているのは移動の負担です。

同じホテルの話をしているようで、重視していることが違うんですね。

だから、もっと詳しく説明すれば必ず相手が同意する、とは限りません。

「理解できない」と「同意できない」は違う

ここは、かなり大切な違いだと思います。

例えば、相手が、

「旅行中は、なるべく歩きたくない」

と言いました。

その理由を聞いて、

「ああ、移動が楽な方がいいんだね」

と理解したとします。

でも、自分はやっぱり宿泊費を抑えたい。

だから、

「言っていることは分かるけど、私はAホテルがいいな」

と答えました。

さて、これは相手を理解していないのでしょうか。

そんなことはありませんよね。

理由は理解しています。

ただ、その理由を自分の判断基準として採用しなかっただけです。

ここには、少なくとも三つの違いがあります。

  • 相手が何を言っているのか理解すること
  • 相手の考えに同意すること
  • 相手の希望どおりに行動すること

これらは、同じではありません。

ところが、会話の中では一緒になることがあります。

「私の言っていることが分かるなら、Aホテルにするはず!」

「いや、私はBホテルがいいんだって!」

こうなると、お互いに、

「この人は私の話を分かってくれない」

と思うかもしれません。

でも、実際には、理解したうえで違う選択をしている可能性もあるんです。

もちろん、相手が本当に話を理解していない場合もあります。

ただ、結論が違うことだけを理由に、「理解していない」と決める必要はないんですね。

同じ言葉でも、違うものを指していることがある

もう一つ、話がかみ合わない理由があります。

それは、言葉そのものの意味が違う場合です。

例えば、

「この仕事、ちゃんとやっておいてね」

と言われたとします。

さて、「ちゃんと」とは何でしょう。

早く仕上げること?

誤字をなくすこと?

相手に確認すること?

必要なことを自分で判断すること?

決められた手順を守ること?

全部でしょうか。

場面によっては、求められている内容が違うでしょう。

でも、話している人同士が「ちゃんと」の意味を共有していないと、問題になることがあります。

頼んだ人は、

「言わなくても分かるでしょ」

と思っていた。

頼まれた人は、

「言われたとおりにやったよ」

と思っていた。

そして、結果が違った。

これも、単に「説明が足りない」というだけで終わる話ではないかもしれません。

自分の中では、言葉の意味がすでに決まっていた。だから、相手にも同じ意味があると思っていた。

その仕組みも見られます。

同じような話は、「おやつがいい?シュークリームがいい?」は変な質問?言葉の分類がすれ違う理由でも扱っています。

同じ日本語を使っているのに、想像している範囲が違う。

これは本当に面白いところです。

前提が違うことと、事実が違うことは別

ただし、ここで一つ分けておきたいことがあります。

人によって前提が違うからといって、どんな結論も同じように正しいわけではありません。

例えば、ある企画について、

「売上が100万円だったから成功だ!」

と言う人がいました。

一方、別の人は、

「でも費用が120万円かかっているから、成功とは言えないよ」

と言いました。

この場合、二人が使っている数字は同じです。

売上100万円。

費用120万円。

では、何が違うのでしょう。

一人は、売上目標を達成したかどうかを見ています。

もう一人は、利益が出たかどうかを見ています。

つまり、何をもって成功とするかという判断基準が違うんです。

この場合なら、

「今回の企画では、売上と利益のどちらを成功の条件にしていたんだっけ?」

と確認することができます。

では、売上の数字自体が間違っていたらどうでしょう。

その場合は、会計資料などで事実を確かめる必要があります。

また、判断の筋道そのものに問題がある場合もあるでしょう。

だから、話がかみ合わないときには、

事実の認識が違うのか。

言葉の意味が違うのか。

判断基準が違うのか。

それとも、本当に意見が対立しているのか。

そうした違いを見ていくことができます。

「みんな違って、みんないい」で全部終わる話ではないんです。

相手の前提が違うと、どうして腹が立つことがあるの?

さて、ここから、そとがわメソッドの話につながってきます。

もう一度、ホテル選びに戻ります。

自分は、安いAホテルがいいと思っています。

ところが相手は、高いBホテルを提案してきました。

そのとき、

「なんでそんな高いホテルに泊まろうとするの?」

と思ったとします。

でも、ここで少し分けてみましょう。

実際に起きたことは、

「相手がBホテルを提案した」

という出来事です。

そこに、

「そんな高いホテルを選ぶなんて、無駄遣いだ」

という判断が加わったかもしれません。

さらに、

「この人と旅行に行ったら、余計なお金を使うことになるかも」

という未来の予測が生まれたかもしれません。

すると、どうでしょう。

相手はまだホテルを予約していません。

お金を払ったわけでもありません。

単に「Bホテルがいい」と言っただけです。

でも、こちらはもう嫌な気分になっています。

なぜでしょう。

相手が提案したことと、そこから自分が予測した未来は、同じではないんです。

もちろん、本当に予算が足りないなら、それは現実的な問題です。

その問題は、ちゃんと話し合えばいいでしょう。

ただ、その事実と、

「この人はお金を大切にしていない」

という相手への評価は、分けて見ることができます。

そとがわメソッドでは、こうして出来事と、そこに加わる意味や予測、感情や身体の反応を分けて観察します。

その「当たり前」を守る必要は、どこから来たんだろう?

では、なぜ安いホテルを選びたいのでしょう。

単純に、宿泊費を抑えたいからかもしれません。

その分、美味しいものを食べたいのかもしれません。

旅行にあまりお金をかけたくないのかもしれません。

以前、お金に困った経験があって、出費が増えることに不安があるのかもしれません。

あるいは、ただ安いホテルを探すのが楽しいだけかもしれません。

いろいろ考えられます。

どれが当てはまるかは、本人にしか分かりませんし、本人もまだ気づいていない場合があるでしょう。

では、安いホテルを選びたいという希望に対して、別の提案をされたとき。

なぜ、それが嫌だったのでしょう。

単に好みが違ったから?

予算を超えると思ったから?

自分の意見を尊重してもらえなかったと感じたから?

生活の安心が脅かされると感じたから?

そこに、何か守りたいものがあったのかもしれません。

だから、相手の提案に腹が立ったとしても、

「こんなことで怒るなんて、私は心が狭い」

と、自分を責める必要はありません。

怒りが出たことと、その怒りをもとに何をするかも別です。

なぜ、その反応が自分に必要だったのか。

そこを見てみることができます。

「相手が間違っている」は、何を基準に決まった?

ホテルの話で、もう一つ考えてみましょう。

自分は、Aホテルの方がいいと思っている。

相手は、Bホテルの方がいいと言っている。

そこで、

「相手の考え方はおかしい」

と思ったとします。

でも、何を基準におかしいと判断したのでしょう。

宿泊費を安く抑えることが当たり前なら、高いホテルを選ぶことが不思議に見えるでしょう。

移動の負担を減らすことが当たり前なら、駅から遠いホテルを選ぶことが不思議に見えるでしょう。

どちらも、自分の基準から見ています。

もちろん、事実として条件を比較すれば、どちらかが明らかに目的に合っている場合もあります。

ただ、そもそも目的が違っているなら、結論が違うこともあります。

そう考えると、

「どうして相手はそんな結論になるんだろう?」

と思ったとき、

「相手は何を前提に考えているんだろう?」

という別の疑問も持てます。

相手がおかしいと感じた自分を否定する必要もありません。

でも、その判断がどこから生まれたのかは、見ることができるんです。

前提が分かると、選択肢が増えることがある

さて、ホテル選びの話を続けます。

Aホテルがいい人は、宿泊費を抑えたい。

Bホテルがいい人は、移動の負担を減らしたい。

それぞれの理由が分かりました。

では、どちらかが我慢しなければならないのでしょうか。

もちろん、どちらかを選ぶ必要がある場合もあります。

でも、別の選択肢が見つかることもあるでしょう。

例えば、

「駅から徒歩10分くらいで、1万円前後のホテルはないかな?」

と探してみる。

あるいは、

「ホテルはAにして、駅からタクシーを使うとどうなるかな?」

と考えてみる。

もしかすると、もっといい方法が見つかるかもしれません。

もちろん、毎回きれいに解決できるとは限りません。

どちらも譲れない場合もあります。

ただ、二人が、

「安い方がいい!」

「近い方がいい!」

と言い続けているときには、見えなかった選択肢があります。

それぞれが何を大切にしているのか分かれば、別の考え方ができる場合もあるんです。

大切なのは、相手の前提を理解したからといって、自分の希望を捨てる必要はないということです。

「どうして分かってくれないの?」にも、前提がある

ここで、少し視点を変えてみます。

相手と意見が合わない。

何度も説明している。

でも、相手は自分と同じ結論にならない。

そこで、

「こんなに説明しているのに、どうして分かってくれないの?」

と思ったとします。

さて、この言葉の中には、どんな前提があるのでしょう。

例えば、

「説明を理解すれば、相手も私と同じ結論になるはず」

という考えがあるかもしれません。

でも、先ほど見たように、相手が説明を理解しても、違う基準を大切にしていれば、結論は変わらない場合があります。

だとしたら、

「分かってくれない」

という経験の中にも、少し違うことが起きているかもしれません。

相手が説明の意味を理解していないのか。

説明は理解したけれど、同意していないのか。

理解も同意もしているけれど、別の事情で行動できないのか。

これらは同じではありません。

なのに、同じ結論を出してくれないというだけで、

「この人は私の話を理解していない」

と思うこともあるんです。

自分の考えを理解してもらうことと、自分の考えを採用してもらうことは別。

この違いは、人間関係を考えるうえで、なかなか大きいと思います。

前提が違うのは、悪いこと?

ここまで読むと、

「じゃあ、人と話すときは前提を全部そろえた方がいいんだね」

と思うかもしれません。

でも、前提が違うこと自体が悪いのでしょうか。

例えば、旅行では、宿泊費を抑えたい人もいれば、快適さを重視する人もいます。

仕事では、早く終わらせたい人もいれば、丁寧に確認したい人もいるでしょう。

どちらの視点も、場面によっては役立ちます。

もちろん、共同作業をするときには、目的や必要な条件を共有した方がいい場合もあります。

でも、すべての価値観や考え方を同じにしなければならないわけではありません。

前提を理解することは、相手の前提を自分のものにすることではないんです。

「この人は、こういうことを大切にしているんだな」

と分かる。

それでも自分は別のことを大切にしている。

それで構わないんです。

そして、必要な場面では、その違いを踏まえてどうするかを話し合うことができます。

最初の「片づけておいてね」に戻ってみよう

さて、最初の部屋の話です。

「部屋、片づけておいてね」

「片づけたよ!」

「えっ、全然片づいてないじゃん!」

「えっ、片づけたよ!?」

このとき、二人は何を考えていたのでしょう。

一人は、床も机も棚も整った部屋を想像していた。

もう一人は、床に散らかったものがなくなった部屋を想像していた。

もしそうなら、二人とも自分の中では筋が通っていたのかもしれません。

ただ、前提が違っていました。

これを、

「相手がちゃんと聞いていない」

「私の説明が下手だった」

という問題として見ることもできるでしょう。

実際にそういう部分がある場合もあります。

でも、

「そもそも、何を片づけることだと思っていたんだろう?」

と見てみることもできます。

すると、話の見え方が変わる場合があります。

そして、ここからさらに考えることもできます。

なぜ、自分はその片づけ方が当たり前だと思ったのでしょう。

なぜ、相手が違う片づけ方をしたときに、腹が立ったのでしょう。

そこには、どんな意味や予測が加わっていたのでしょう。

そして、なぜその反応が必要だったのでしょう。

そとがわメソッドでは、こうした人間の認識と反応の仕組みを観察します。

「自分が正しいと思うのをやめましょう」

という話でもありません。

「相手の考えに合わせましょう」

という話でもありません。

自分がそう考えた理由も、相手がそう考えた理由も、それぞれ見ることができます。

そのうえで、どうするかを選ぶことができます。

同じことを話しているつもりだったのに、実は出発点が違っていた。

人間って、こんなことが日常的に起きるんですよね。

そう思うと、

「なんでこの人、そんなこと言うんだろう?」

という場面も、ちょっとした人間観察の入口になるかもしれません。

よくある質問

Q. 話がかみ合わないのは、なぜですか?

使っている言葉の意味、共有している情報、大切にしている目的や判断基準などが違う場合があります。

ただし、事実認識の違いや意見の対立など、ほかの理由もあるため、すべてが前提の違いだけで説明できるわけではありません。

Q. 「前提が違う」とは、どういう意味ですか?

何かを考えたり判断したりするとき、最初から置いている条件や考えが違うことです。

例えば、旅行のホテル選びで、宿泊費を抑えることを優先する人と、移動の負担を減らすことを優先する人では、同じ情報を見ても違う結論になることがあります。

Q. 前提が違えば、どちらの結論も正しいのですか?

必ずしもそうではありません。

事実の認識が間違っていたり、推論に問題があったりする場合もあります。

前提の違いを理解することと、事実や判断の妥当性を確認することは別です。

Q. 共通基盤(Common Ground)とは何ですか?

会話をする人たちが共有している知識、信念、想定などに関わる概念です。

相手も知っていると思っていたことが、実際には共有されていない場合、会話がすれ違うことがあります。

Q. そとがわメソッドでは、相手に合わせる練習をするのですか?

相手に合わせることを目的にはしていません。

出来事にどんな意味づけや価値づけが生まれ、どのような反応が必要になっているのかを観察します。

相手の前提を理解しても、同意する必要はありません。

自分と相手の違いを知ったうえで、どう行動するかを選ぶことができます。

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参考資料

話がかみ合わないとき、その手前で何が起きている?

「私はこう思う」

「いや、私は違うと思う」

そんな会話は、日常の中で何度も起きます。

でも、二人は何を前提に、その結論にたどり着いたのでしょうか。

同じ情報を見ていても、重視しているものが違うかもしれません。

同じ言葉を使っていても、想像している内容が違うかもしれません。

共有していると思っていた情報が、実は共有されていなかったのかもしれません。

そして、そとがわメソッドでは、その違いに出会ったとき、自分の中でどんな意味づけや反応が生まれるのかも見ていきます。

自分の考えを否定するためでも、相手の考えを正しいことにするためでもありません。

なぜ、自分にはその結論が当たり前に思えたのか。なぜ、違う結論に出会ったとき、その反応が必要になったのか。

そこには、人間の認識の仕組みがあります。

無料講座では、出来事と意味づけ、予測、感情や身体の反応を分けながら、そうした仕組みを日常の具体例から見ていきます。

登録は不要です。興味があれば、0時間目から自由にご覧ください。

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この記事を書いた人

そとがわメソッド開発者。心理学・自己啓発・潜在意識などを学んでも自己否定が終わらなかった自身の経験から、「自分を変える前に、何が起きているのかを見る」そとがわメソッドを開発。著書『自分を否定しない練習』。
詳しいプロフィールはこちら

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