「別の領域に行けば、願いが叶う」
引き寄せや潜在意識について調べていると、こんな説明に出会うことがあります。
でも、ちょっと気になりませんか?
「別の領域」って、どこにあるのでしょう?
今いる世界とは違う場所?
何か特別な意識状態?
それとも、願いがすべて叶っている別の現実なのでしょうか。
もし本当に行ける場所なら、住所を教えてほしいですよね(笑)。
ところが、電子書籍『ザ・チケット』の著者である108さんは、公式ブログで、この「別の領域」について少し意外な説明をしています。
別の領域とは、今いる場所から移動する先ではない。
では、何に対して「別」なのでしょうか。
今回は、108さんの「別の領域」について、エゴ、願望、「既にある」、不足と充足との関係から読み解いていきます。
そして最後には、そとがわメソッドの視点から、もう一つの不思議を考えてみましょう。
「足りない」と感じているとき、私たちは本当に何が足りないのでしょうか?
108さんとは?『ザ・チケット』はどんな本?
108さんは、引き寄せの法則や願望実現についての電子書籍『ザ・チケット』の著者です。
本人のブログによると、「108」という名前は、インターネット掲示板の引き寄せに関するスレッドで使われたレス番号に由来するそうです。
『ザ・チケット』では、願望実現について、エゴや認識、充足などの概念を使って独自の考え方を説明しています。
特に知られているのが、第7章で扱われる「別の領域」という考え方です。
この言葉は、初めて聞く人にはなかなか不思議ですよね。
「別の領域」というからには、普通は自分が今いるところとは違う、どこか別の場所を想像してしまいます。
でも、108さんの説明では、そこが最初の勘違いになり得るのです。
ちなみに、108さんは2009年2月25日、自身のブログで「別の領域に対する誤解」という記事を公開しています。
そこでは、『ザ・チケット』第7章について読者の間に生まれていた誤解を取り上げ、願望やエゴとの関係を詳しく説明しています。
今回の記事では、この公式ブログを重要な手がかりとして紹介していきます。
参考:
「別の領域」とは、結局どこにあるの?
さて、最初の疑問に戻りましょう。
別の領域は、どこにあるのでしょうか。
108さんの公式ブログでは、「別の領域」を別世界への移動先のように考えることが、誤解として説明されています。
そして、何に対して「別」なのかという問いに対して、エゴとの対比という説明がされています。
つまり「エゴとは別の領域」という意味です。
ここでいうエゴについては、後ほど詳しく見ていきます。
まず面白いのは、108さんの説明では、「別の領域」は新しく手に入れる特別な場所ではないという点です。
頑張って到達する。
難しい修行をして入る。
何か特別な能力を身につける。
そういう意味ではありません。
むしろ、本人の考え方では、私たちは本来その領域にいるのに、エゴと自分を強く同一化してしまうことで、そのことがわからなくなっていると説明されています。
これは、なかなか不思議な話ですよね。
「別の領域に行きたい!」
と思っていたのに、
「そもそも、そこから離れていない」
という説明なのですから(笑)。
なぜ「別の領域に行こう」とすると、かえってわからなくなるの?
例えば、メガネをかけたまま、メガネを探している人を想像してみてください。
「あれ? メガネがない!」
机の上を探す。
引き出しを開ける。
バッグの中も確認する。
でも、見つからない。
そして、誰かに言われます。
「今、かけてるよ」
……あった(笑)。
これは、108さんの思想を考えるための例えです。
108さんが説明する「別の領域」も、どこか別の場所にあるものを必死に探しに行くという理解とは違います。
むしろ、すでにあるものを「ない」という前提で探していること自体が、問題になるという考え方です。
もちろん、現実にメガネが見つからない場合は、本当に別の場所にあることもあります。
でも、「ないと思って探していること」と、「本当に存在しないこと」は同じではありません。
ここが、108さんの「既にある」という考え方にもつながってきます。
108さんがいう「エゴ」とは何?
「エゴ」という言葉を聞くと、どんなものを想像しますか?
わがままな人。
自己中心的な人。
自分のことしか考えない人。
そんなイメージを持つかもしれません。
でも、108さんが説明するエゴは、単にわがままな性格という意味ではありません。
本人の思想では、自分自身を限られた存在として捉え、物事に条件や制約を付け加える思考の働きなどと結びつけて説明されています。
例えば、こんな場面を考えてみましょう。
「旅行に行きたいな」
と思いました。
すると、頭の中で会議が始まります。
「でも、お金がない」
「休みも取れないかもしれない」
「今の仕事じゃ無理だな」
「そもそも私には贅沢すぎるよね」
……まだ旅行会社のサイトすら開いていないのに、もう不可能という結論が出ています(笑)。
最初にあったのは、「旅行に行きたい」という気持ちでした。
でも、そこに次々と条件が加わっていきます。
もちろん、現実に旅行するなら、予算や日程を確認する必要があります。
実際にお金が足りない場合もあるでしょう。
108さんが問題としているのは、そうした現実的な確認そのものとは異なります。
まだ確かめてもいないことまで、当然の制約として採用してしまう。
その制約を根拠に、さらに「できない」という説明を重ねていく。
本人は、こうした働きをエゴによる条件付けと結びつけています。
エゴは、悪者なの?
ここで「エゴが邪魔をしている」と聞くと、
「じゃあ、エゴをなくせばいいんだ!」
と思う人もいるかもしれません。
でも、ここでも気をつけたいことがあります。
108さんの公式ブログでは、エゴとの同一化によって、本来の自分や充足を知覚しにくくなっているという説明がされています。
それは、単に「エゴという悪い人格を追い出せばいい」という話ではありません。
さらに、108さんがいう「エゴ」は、そとがわメソッドで扱う認識や防衛反応と重なる部分はあっても、完全に同じ概念ではありません。
同じ言葉を使う場合でも、それぞれの体系の中で何を指しているのかを分けて理解したいところです。
『ザ・チケット』は「願望をなくしなさい」と言っているの?
ここは、かなり重要なところです。
「エゴが願望実現を邪魔している」
と聞くと、
「じゃあ、願望をなくせばいいのかな?」
と考える人もいるでしょう。
でも、108さんは公式ブログ「別の領域に対する誤解」で、願望をなくすことが『ザ・チケット』の目的ではないと説明しています。
本人は、願望を生命の表現として捉えています。
例えば、お腹がすいたとします。
「何か食べたいな」
と思いますよね。
喉が渇いたら、
「水が飲みたいな」
と思います。
こうした欲求を、わざわざ悪いものとして扱う必要があるでしょうか。
少なくとも、お腹がすくたびに、
「まだ食欲というエゴがある……私は未熟だ……」
なんて考えていたら、ごはんを食べるまでが大変です(笑)。
108さんが区別しているのは、願望そのものと、それに付け加えられたエゴの条件付けです。
つまり、「何かを望むこと自体が問題なのではない」という考え方です。
ここを理解せずに、
「願望を持ったらダメ」
「執着がある自分はダメ」
と考え始めると、それ自体が新しい条件になってしまいそうですよね。
興味深いのは、108さん自身が、こうした『ザ・チケット』の読み方について誤解を指摘していることです。
人間って、何かを学んだとき、その内容を新しいルールに変えてしまうことがあるんですよね。
「既にある」とは?まだ手に入っていないのに、なぜあるの?
『ザ・チケット』について調べていると、「既にある」という言葉に出会います。
願望は既に実現している。
望むものは既にある。
そんな説明です。
さて、ここでちょっと考えてみてください。
「100万円欲しい!」
と思ったとします。
そこで、
「それは既にあります」
と言われました。
……いや、通帳にはないですけど?(笑)
そう思いますよね。
では、108さんは、いったい何を伝えようとしているのでしょうか。
「ない」という前提から探していない?
108さんは、公式ブログ「第五章 虚偽の前提」で、何かを「ない」という前提で探すことと、「ある」という前提から捉えることの違いを説明しています。
例えば、部屋の中で鍵を探しているとします。
「あれ? 鍵がない」
と思った瞬間から、鍵がないという前提で探し始めます。
机の上にはない。
ポケットにもない。
バッグの中にもない。
「どこにもない!」
と思ってしまうかもしれません。
でも、実際には別のポケットに入っていることもあるでしょう。
「ない」という判断と、鍵が存在しないという事実は別なのです。
108さんは、この「ない」という前提そのものを問い直すことを重視しています。
そして本人の思想では、それが単なる思考の整理を超え、願望実現や現象世界の捉え方にも結びついています。
ここは大事なところです。
108さんがいう「既にある」は、単に、
「前向きに考えましょう」
「可能性を探しましょう」
という意味にとどまりません。
本人の独自の世界観では、願望の実現は本来すでに成立しているという考え方まで含まれています。
だからこそ、『ザ・チケット』を読んだ人が戸惑うこともあるのでしょう。
「既にある」と考えれば、現実の物も出現するの?
ここは、考え方の違いを整理しておきましょう。
108さんが説明する「既にある」は、本人の願望実現についての思想です。
一方、実際に銀行口座に100万円があるかどうかは、残高を確認すればわかります。
旅行の予約が成立しているかどうかは、予約記録を確認できます。
誰かと交際しているかどうかは、相手との現実の関係によって確かめる必要があります。
つまり、「既にある」という思想上の説明と、現実に何が存在するかという事実確認は別です。
108さんは独自の世界観として現実の成り立ちについても語っていますが、その主張が科学的に実証されたということではありません。
ここを区別しておくと、108さんの考え方を理解することと、生活上の判断をすることを混同せずに済みます。
参考:
108さんの「不足」と「充足」とは?
さて、ここからが、そとがわメソッドともつながる面白いところです。
108さんの思想では、「不足」と「充足」という言葉が重要になります。
例えば、楽しみにしていた休日に雨が降ったとします。
「せっかくのお休みなのに、最悪!」
と思う人もいるでしょう。
でも、同じ日に、
「今日は家でゆっくりできるな」
と感じる人もいるかもしれません。
雨が降っているという出来事は同じです。
でも、何を受け取っているのかが違います。
108さんは、エゴが不足に注目することで本来の充足が見えなくなっているという考え方を伝えています。
そして、充足に気づくことを、願望実現についての世界観と結びつけています。
ここも、単なるポジティブ思考とは違います。
嫌なことが起きたから、無理やり良いところを探す。
雨が降って嫌だったけど、「恵みの雨だ!」と思い込む。
そうした考え方の変更だけを伝えているわけではありません。
108さんの思想では、本来の状態としての充足に気づくことが重視されているのです。
では、同じ雨の出来事を、そとがわメソッドではどう見るのでしょうか。
そとがわメソッドでは「不足」をどう捉える?
例えば、雨が降ったとします。
これは出来事です。
そこに、
「予定が台無しになった」
という意味が加わることがあります。
すると、がっかりしたり、イライラしたりするかもしれません。
一方で、
「今日は家でゆっくりできる」
という意味が加われば、少し違う気持ちになることもあります。
ここだけを見ると、
「だったら、いつも前向きな意味を付ければいいのでは?」
と思うかもしれません。
でも、そとがわメソッドでは、そういう話をしているわけではありません。
なぜ、その出来事にその意味を付ける必要があったのか。
そこを観察します。
例えば、雨が降って嫌だったとします。
どうして嫌だったのでしょうか。
楽しみにしていた予定があったから?
その予定がなくなると困ることがあるから?
誰かと過ごせる大切な時間だったから?
約束を守れなくなることが心配だったから?
理由は人によって違うでしょう。
ここで見えてくるのは、単に「雨が嫌い」ということではないのかもしれません。
その人にとって、大切にしたいことがあった。
あるいは、避けたいことがあった。
だからこそ、雨という出来事が「嫌なこと」になったのかもしれないのです。
そう考えると、「嫌だ」と感じたことを無理に「良かった」に変更する必要はありません。
なぜ嫌だと感じる必要があったのかを知ることができます。
同じ出来事でも「不足」は変わる?
ここで、もう一つ例を考えてみましょう。
あなたのお給料が、2万円上がったとします。
どうでしょう。
「やった! 2万円も増えた!」
と嬉しくなるかもしれません。
では、ここで新しい情報を追加します。
「同僚は5万円上がったそうです」
さて、気持ちは変わりましたか?
「えっ、なんであの人は5万円なの?」
と、少し複雑な気持ちになる人もいるでしょう。
では、さらに情報を変更します。
「さっきの話は間違いでした。同僚も2万円でした」
どうでしょう。
今度は、ちょっと安心するかもしれません。
では、もう一度。
「やっぱり、同僚は7万円上がっていました」
……おおお(笑)。
ここで、最初から変わっていないことがあります。
あなたのお給料は、2万円上がったままです。
何も減っていません。
でも、同僚についての情報が変わると、最初の2万円の意味まで変わることがあります。
「嬉しい2万円」
「なんだか損をした気がする2万円」
「まあ同じならいいか、という2万円」
同じ2万円なのに、こんなふうに受け取り方が変わることがあるのです。
ここで、そとがわメソッドでは考えてみます。
何が不足になったのでしょうか。
2万円では足りないと思ったから?
同僚より少ないことが嫌だったから?
自分の方が評価されていないと感じたから?
大切にしていたものが、危険にさらされたように感じたから?
もちろん、実際に不公平な評価が起きている場合もあるでしょう。
でも、「2万円上がった」という出来事と、そこから生まれた不足感は、分けて見ることができます。
なぜ、その不足感が必要になったのか。
そこにどんな意味が加わっていたのか。
それを見ていくことができるわけです。
人間の認識って、本当に面白いですよね。
「今この瞬間」に不足は起きている?
もう一つ考えてみましょう。
明日の予定について考えていたとします。
「明日、雨だったら困るな」
そう思っているうちに、気分が重くなってきました。
でも、まだ明日にはなっていません。
雨が降ると決まったわけでもありません。
それなのに、今、嫌な気持ちになっています。
ここで何が起きているのでしょう。
最初にあったのは、明日の天気についての予測です。
そこに、
「雨だったら困る」
という意味が加わっています。
そして、その意味によって、今の体感が変化しているのかもしれません。
今、苦しいという体感があることと、今、実際に苦しい出来事が起きていることは、必ずしも同じではありません。
今この瞬間の体感には、過去の記憶や未来の予測が関わっていることもあります。
もちろん、現実の身体的な痛みや疲労、環境の危険などが関わる場合もあります。
すべての苦しさが思い込みだという話ではありません。
ただ、今何が起きているのかを分けてみると、それまで一緒になっていたものが見えてくることがあります。
そとがわメソッドでは、こうした出来事・意味づけ・反応・体感の関係を観察していきます。
「別の領域に行けない自分」が、新しい不足になる?
さて、ここで108さんの「別の領域」という話に戻ってみましょう。
『ザ・チケット』を読んで、
「なるほど! 別の領域に気づけばいいんだ!」
と思ったとします。
そして、しばらくしてから、
「……あれ?」
「全然、別の領域がわからない」
「まだエゴにとらわれている気がする」
「私はいつになったら充足を感じられるんだろう」
と思い始めたとします。
すると今度は、**「別の領域がわからない自分」**が問題になってしまいます。
ちょっと不思議ですよね。
不足から離れるために学び始めたのに、
「まだ理解できていない」
という不足が、新しく生まれてしまうのですから(笑)。
これは、108さんが公式ブログで指摘している誤解ともつながるものです。
本人は、「別の領域」をどこかに探しに行くように捉えることを問題にしています。
そして、そとがわメソッドでは、そのとき人間の中で何が起きているのかを、さらに細かく見ていくことができます。
「まだできない」が生まれるまで
例えば、
「別の領域を理解したい」
と思ったとします。
ところが、よくわからなかった。
そこで、
「私はまだ理解できていない」
という判断が生まれたとします。
さらに、
「理解できなければ、幸せになれない」
という意味が加わったとします。
すると、焦りや不安を感じるかもしれません。
そして、
「こんなに勉強しているのに、まだできない私はダメだ」
と考えてしまうこともあるでしょう。
ここでは、いくつものことが起きています。
まず、理解しようとした。
理解できなかったと判断した。
それを問題だと捉えた。
焦りや不安が生まれた。
そして、その反応をしている自分を否定した。
最初の出来事への反応に、さらに反応が重なっているのです。
そとがわメソッドでは、こうした一次反応・二次反応の仕組みを観察します。
そして、もう一つ問いを向けることができます。
そもそも、なぜ別の領域を理解できなければならないのでしょうか?
理解できないと、何が起きると思っているのでしょう。
何を守ろうとして、その理解が必要になっているのでしょう。
実は、この問いそのものが、人間の認識を観察する入口になるのです。
108さんとそとがわメソッドは、何が同じで何が違う?
ここまで見ると、108さんの考え方と、そとがわメソッドには似ているところがあると感じるかもしれません。
例えば、頭の中で作った説明や条件付けによって、物事の受け取り方が変わるという点です。
また、不足を当然の前提としてしまうことに注目している点にも、重なるところがあります。
ただし、二つは同じものではありません。
108さんが伝えていること
108さんは、エゴによる条件付けや不足という前提から離れ、本来の充足に気づくことを重視しています。
そして、その考え方を願望実現と結びつけています。
「別の領域」は、エゴと対比される本来の自分や充足についての概念です。
本人の世界観では、願望は既に実現しているという考え方も含まれます。
つまり、108さんの思想には、充足と願望実現についての独自の理解があります。
そとがわメソッドが伝えていること
一方、そとがわメソッドでは、願望を実現することや、特別な領域に気づくことを目的にしていません。
人間が何かを見たり、聞いたり、体験したりしたとき。
そこに、どんな意味が加わったのでしょうか。
どんな過去の記憶や未来の予測が使われたのでしょうか。
その意味によって、何が危険になったのでしょうか。
なぜ、その危険から自分を守る必要が生まれたのでしょうか。
そして、その結果、どんな反応が起きたのでしょうか。
そとがわメソッドでは、こうした仕組みを見ていきます。
例えば、
「願いが叶わないから苦しい」
という人がいたとします。
108さんの考え方からは、不足という前提やエゴの条件付けを問い直し、充足に気づくという方向が考えられます。
そとがわメソッドでは、
「なぜ、願いが叶わないことを苦しいと感じる必要があるのだろう?」
という問いを向けられます。
叶わないことに、どんな意味を付けたのでしょうか。
それによって、何を失うと思ったのでしょうか。
その危険から、何を守ろうとしているのでしょうか。
そして、その反応を自分で否定していないでしょうか。
そこを観察します。
二つの考え方を整理すると
| 比較する点 | 108さん・『ザ・チケット』 | そとがわメソッド |
|---|---|---|
| 中心のテーマ | 別の領域、エゴ、充足、願望実現 | 認識、意味づけ、一次反応・二次反応、防衛反応 |
| 不足への視点 | エゴによる不足の前提を問い直す | なぜ不足と判断する必要があったかを観察する |
| 願望の扱い | 願望は生命の表現で、否定すべきものではない | 望みも反応も否定せず、その仕組みを観察する |
| 到達を目指すもの | 本来の充足への気づきと願望実現 | 特定の状態への到達を条件にしない |
| 基本的な問い | エゴの条件付けを離れ、充足をどう受け取るか | その意味づけや反応は、なぜ必要になったのか |
どちらが正しいとか、優れているという話ではありません。
108さんには108さんの説明体系があり、そとがわメソッドには、そとがわメソッドの観察点があります。
似た言葉を使っていても、何を説明しようとしているのかが違うわけです。
「充足を見つけなければ」と頑張る必要はある?
ここで、もう一つ考えてみましょう。
例えば、
「今ある幸せに気づこう」
という話を聞いたとします。
そうして、自分が持っているものを数えてみる。
家がある。
食べ物がある。
今日も生きている。
それで安心したり、嬉しくなったりすることもあるでしょう。
でも、もし、
「今ある幸せを感じられない私は、まだダメなんだ」
と思い始めたとしたら、どうでしょう。
充足に気づこうとしていたのに、今度は充足を感じられない自分を問題にしてしまいます。
ここでも、新しい条件が生まれているのかもしれません。
そとがわメソッドでは、そんなときも無理に満足しようとはしません。
なぜ、充足を感じられなければならないと思ったのか。
そこを観察できます。
例えば、
「もっとお金が必要だ」
と思ったとします。
実際に生活費が不足している場合もあります。
そのときは、現実的にお金を用意する必要があるでしょう。
一方で、
「この金額しか稼いでいない私は、価値がない」
という意味が加わっている場合もあります。
この二つは、同じではありません。
生活費が足りないという事実。
そして、稼いでいる金額によって自分の価値を決めるという意味づけ。
これらを分けて見ることができます。
だから、生活費が足りないときに、
「本当は充足しているんだから、困っていないはず!」
と思い込む必要はありません。
お金が必要なら、現実的な対応を考える。
そのうえで、お金の不足によって自分の価値まで不足したものとして扱っていないかを観察する。
それもできます。
足りないものを、無理にあると言い聞かせる必要はないのです。
今、実際に何が起きているのか。
そこに、自分がどんな意味を付けているのか。
そして、なぜその意味が必要になったのか。
それを知ることができます。
→ 「引き寄せたい」と思うほど苦しくなるのはなぜ?願いと「今ここにない」を分けて見る
「別の自分にならないと幸せじゃない」は、本当?
ここまで、108さんの「別の領域」と、そとがわメソッドの違いを見てきました。
最後に、もう一つだけ考えてみましょう。
私たちはときどき、
「もっと成長したら、幸せになれる」
「もっと稼げたら、安心できる」
「悟ることができたら、苦しみがなくなる」
「別の領域に気づけたら、すべてが変わる」
といった説明に出会います。
では、こうした説明を受け取ったとき、自分の中では何が起きているのでしょう。
「今のままでは、まだ足りない」
という前提が生まれている場合もあるかもしれません。
すると、今の自分とは違う何かになることが、必要になってきます。
でも、そもそも、今の自分は、なぜ足りないのでしょうか。
何を基準に、そう判断したのでしょうか。
何ができていないといけないのでしょうか。
そして、なぜそれができない自分を否定する必要があるのでしょう。
そとがわメソッドでは、人間の初期設定を「苦しくない。なんか幸せ」と捉えています。
何かを付け加えて、ようやく幸せになるという話ではありません。
むしろ、認識や意味づけ、防衛反応が重なることで、もともとの満たされた状態を感じられなくなる仕組みがあると考えています。
だからこそ、何か特別な自分になることを目標にするのではなく、何が苦しさを成立させているのかを見ていきます。
この視点から見ると、「別の領域に行けない」と思っていることそのものも、面白い観察の対象になります。
そもそも、どこかに行かなければ幸せになれないという前提は、いつできたのでしょうか。
……人間は、ないと思ったものを探すのが得意なのかもしれませんね(笑)。
よくある質問
Q. 108さんの「別の領域」とは何ですか?
108さんの思想では、エゴと対比して語られる、本来の自分や充足に関わる概念です。
どこか遠くにある特別な場所へ移動するという意味ではなく、エゴと強く同一化することで本来の状態を知覚しにくくなっていると説明されています。
Q. 『ザ・チケット』は願望をなくすための本ですか?
いいえ。
108さんは公式ブログで、願望をなくすことが目的ではないと説明しています。
願望そのものを生命の表現として捉え、それに付け加えられたエゴの条件付けと区別しています。
Q. 「既にある」とは、願いが実際に叶っているという意味ですか?
108さんは、願望は既に実現しているという独自の思想を伝えています。
ただし、その思想がすべての現実について科学的に証明されているわけではありません。
実際の金銭や人間関係などの状況は、現実の情報によって確認する必要があります。
Q. 「不足」と「充足」は、ポジティブ思考と同じですか?
108さんの思想における充足は、単に嫌な出来事を前向きに捉え直すことにとどまりません。
エゴによって見えなくなっていた本来の状態や、願望実現についての独自の世界観と結びついています。
Q. 108さんの「別の領域」と、エックハルト・トールの「プレゼンス」は同じですか?
どちらにも、エゴや認識についての説明があります。
ただし、同じ概念と決めることはできません。
108さんは「別の領域」を充足や願望実現と結びつけて説明し、トールは「プレゼンス」を現在への気づきや思考への同一化との関係から説明しています。
Q. そとがわメソッドでは「別の領域」に気づく練習をするのですか?
いいえ。
そとがわメソッドでは、特定の領域に到達することを目的にしていません。
出来事と意味づけ、記憶、予測、一次反応・二次反応を分け、なぜその反応が必要になったのかを観察します。
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参考資料
- 108さん公式ブログ「別の領域に対する誤解」(2009年)
- 108さん公式ブログ「第五章 虚偽の前提」
- 108さん公式ブログ「破壊的願望」
- 108さん公式ブログ「108誕生!」
- 108さん公式プロフィール
まとめ|「別の領域」を探しているとき、何が起きている?
108さんのいう「別の領域」は、エゴとの対比によって説明される概念です。
そして、その思想では、エゴによる不足の前提や条件付けが、充足や願望実現についての認識に深く関わっていると説明されています。
一方、そとがわメソッドでは、特別な領域への到達や、願望の実現を目的にしていません。
例えば、
「私はまだ足りない」
と思ったとします。
そのとき、本当に何が足りないのでしょうか。
実際に必要なものが不足しているのでしょうか。
それとも、何かを持っていない自分には価値がないという意味が加わっているのでしょうか。
そして、その意味によって、今の体感まで変わっていないでしょうか。
さらに、その反応をしている自分を否定していないでしょうか。
そとがわメソッドでは、こうしたことを分けて観察します。
何かを望んでいる自分。
まだ叶っていないと感じている自分。
そのことで苦しくなっている自分。
どれも、ただ否定する必要のあるものではありません。
その反応が生まれる仕組みを知ることができるからです。
別の何かになろうとする前に、今、自分の中で何が起きているのかを知る。
それだけでも、今まで当たり前だった見方が、少し違って見えてくることがあるかもしれません。
人間の認識と反応の仕組みを、もっと知りたい方へ
「なぜ、こんなに頑張っているのに満たされないんだろう?」
「どうして、もう十分だと思えないんだろう?」
そんな疑問を感じたことはありませんか?
そとがわメソッドでは、人間が出来事を受け取り、そこに意味を付け、その意味に反応する仕組みを、身近な例から順番に見ていきます。
無理に前向きになるためでも、願望をなくすためでもありません。
自分がどんなふうに世界を受け取り、何を不足だと判断しているのか。
その仕組みを知るためです。
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