友達のSNSを見ていたら、旅行の写真が流れてきた。
楽しそうな写真を見て、「いいなぁ」と思う。
そこまでは、特に何も問題がなかった。
ところが、ふと自分の生活を思い出して、
「それに比べて私は……」
と思ってしまう。
さっきまで普通に過ごしていたのに、急に自分の生活が物足りなく感じられる。
こんな経験はありませんか。
実は、人間には自分と他人を比べる働きがあります。
でも、考えてみると不思議です。
他人が旅行に行ったことで、自分の生活の何が変わったのでしょうか。
収入が減ったわけでも、何かを失ったわけでもありません。
それなのに、誰かの生活を見た途端、自分に何かが足りなくなったように感じる。
人間の中では、一体何が起きているのでしょうか。
人間は自分を知るためにも他人と比べる
心理学には「社会的比較」という考え方があります。
社会心理学者レオン・フェスティンガーは1954年、人が自分の能力や意見を評価するとき、他人との比較を利用することがあると論じました。
たとえば、自分の走る速さを知りたいとします。
誰かと一緒に走れば、自分が速いのか遅いのか、ひとつの判断材料が得られます。
同じように、勉強、仕事、収入、容姿、生活など、私たちはさまざまな場面で他人を参考にしています。
比較すること自体が、必ず悪いわけではありません。
誰かを見て、自分もやってみたいと思うこともあるでしょう。
自分とは違う選択肢があると知ることもできます。
ただ、ここで一つ考えたいことがあります。
比較によって違いが分かることと、その違いによって自分の価値が決まることは、同じでしょうか。
「あの人は持っている」が「私は持っていない」になる
たとえば、友達が新しい車を買ったとします。
実際に起きた出来事は、「友達が車を買った」ということです。
それを聞いて、
「いいなぁ」
と思うかもしれません。
「私もあの車に乗ってみたい」
と思うかもしれません。
ここまでは、車に興味が向いている状態です。
ところが、そこから、
「あの人は新しい車を買えるのに、私は買えない」
「私には、それだけの余裕がない」
「私はまだ成功していない」
という考えが出てくる場合があります。
いつの間にか、友達が車を買ったという話が、自分の人生の評価になっているのです。
でも、友達が車を買ったことと、自分が成功しているかどうかは、別の話ではないでしょうか。
もちろん、収入や生活に実際の違いはあるでしょう。
その違いを知ることもできます。
ただ、そこから「だから私はダメだ」へ進んだとしたら、比較した結果に自分への評価が加わっています。
そとがわメソッドでは、こうした出来事と意味づけの違いを見ていきます。
比べる相手が変わると、自分の評価まで変わる
今度は、少し違う例を考えてみましょう。
同じ会社で働くAさんがいます。
Aさんは、今月30万円の売上を達成しました。
先月は20万円だったので、売上は増えています。
ところが、同僚のBさんは50万円の売上を達成しました。
Aさんはそれを聞いて、
「自分はまだまだだ」
と思いました。
でも、別の同僚Cさんが15万円の売上だったと知ると、
「自分は結構できているのかもしれない」
と思いました。
Aさんの売上は、ずっと30万円のままです。
それなのに、比べる相手によって自分への評価が変わっています。
ここで一つ質問です。
もし自分の状態が変わっていないのに、相手が変わるだけで自分の評価が変わるとしたら、その評価は何を基準に決まっているのでしょうか。
30万円という数字そのもの。
先月より10万円増えたという事実。
Bさんより20万円少ないという差。
Cさんより15万円多いという差。
これらは、それぞれ違う情報です。
どの情報を基準にするかで、同じ結果でも印象が変わることがあります。
そして、その基準を自分で選んでいるという意識がないまま、評価だけが自然に出てくる場合もあります。
比べたあとに「もっと頑張らなきゃ」が始まる
他人と比較して、自分に足りないものが見つかったように感じる。
すると、次に何が起きるでしょうか。
「もっと頑張らなきゃ」
「もっと稼がなきゃ」
「もっと成長しなきゃ」
そんな考えが出てくるかもしれません。
もちろん、誰かの姿を見て挑戦したくなることはあります。
目標を持つことも、努力することも、悪いことではありません。
ただ、同じ「頑張りたい」でも、その出発点が違う場合があります。
「面白そうだから、私もやってみたい」
という気持ちと、
「あの人より劣っている自分はダメだから、何とかしなければ」
という気持ちです。
行動だけを見れば、どちらも努力しているように見えるかもしれません。
でも、一方は興味から始まり、もう一方は今の自分を問題にするところから始まっています。
もし、誰かを見つけるたびに自分の不足が増えるなら、頑張って何かを達成しても、次の比較相手が現れるかもしれません。
そして、また新しい不足が見つかる。
それでは、何かを手に入れるたびに終わるどころか、次に埋めるべきものが増えていくこともあります。
このような「達成しても、また自分が足りなくなる」感覚は、自己肯定感を上げてもまた戻るのはなぜ?でも扱っています。
比較をやめれば解決するのだろうか
他人と比べて苦しくなると、
「人と比べるのをやめよう」
と思うことがあります。
SNSを見ないようにしたり、自分の良いところを探したりする方法もあります。
それで楽になるなら、そういう選択もできます。
ただ、こんなことも起こり得ます。
他人と比べてしまった自分に気づいて、
「また比べてしまった」
「人と比べるなんて、自分軸がない証拠だ」
「もっと自分を大切にできるようにならなきゃ」
と思ってしまう。
すると今度は、他人と比べることだけでなく、比べてしまう自分まで問題になります。
比較をやめようとしているのに、「比較をやめられている自分」と「やめられていない自分」を比べ始めるのです。
これも、なかなか不思議なことではないでしょうか。
他人と比べることをやめようとして、今度は理想の自分との比較が始まっている。
そとがわメソッドでは、こうした二つ目の判断も観察の対象にします。
大切なのは、比べなくなることを新しい正解にしないことです。
「比べている私」の中で、何が起きている?
では、誰かと比べたときに、自分の中で何が起きているのでしょう。
先ほどの旅行の写真を思い出してみます。
友達が旅行に行った。
楽しそうな写真が投稿された。
それを見て「いいなぁ」と思った。
そこから、自分の生活について考えた。
そして、「私は満たされていない」と感じた。
一連の経験としては、あっという間かもしれません。
でも、分けてみると、その途中でさまざまなことが起きています。
写真を見たこと。
自分の生活を思い出したこと。
二つを比較したこと。
違いを不足として受け取ったこと。
自分の状態を評価したこと。
ここで、最初の問いに戻ってみましょう。
友達が旅行に行ったことで、本当に自分の生活から何かが失われたのでしょうか。
実際には何も失われていなかったとしても、他人と比較したことで、急に何かが欠けたように感じられることがあります。
そのとき、自分の中ではどんな基準が使われていたのでしょう。
「旅行に行ける人は充実している」
「充実した人生を送っていなければならない」
「私はまだ十分ではない」
そんな考えが加わっていたかもしれません。
もちろん、実際に旅行に行きたいと思っているなら、その願いを持っていて構いません。
大切なのは、旅行に行きたいという気持ちと、旅行に行っていない自分を不足だと判断することは、同じではないという点です。
比較をなくさなくても、自分で選ぶことはできる
誰かを見て、羨ましいと思った。
自分より優れていると感じた。
自分には足りないものがあると思った。
それらの反応が出てくること自体を、無理になくす必要はありません。
ただ、出てきた反応が、そのまま自分の人生の評価になるとは限りません。
誰かが持っているものを、自分も欲しいと思うことはあります。
反対に、誰かが持っているからといって、自分にも必要とは限りません。
その違いを知ることができれば、比較した結果を使って自分で選ぶ余地が生まれます。
相手のようになりたいなら、目指してもいい。
自分には必要ないと思うなら、目指さなくてもいい。
どちらも、自分で選ぶことができます。
自分軸とは?「自分の気持ちを優先する」だけでは分からない、自分で選ぶということでは、この「選ぶ」ということを別の角度から扱っています。
人はなぜ他人と比べてしまうのか
他人との比較は、自分の能力や立ち位置を知るための情報になることがあります。
でも、比較によって見つかった違いを、どういう意味として受け取るかは、また別の話です。
「あの人は私より収入が多い」
という違いが、
「だから、私はまだ足りない」
になることもある。
そして、
「もっと頑張らなければならない」
という必要性へつながることもある。
その流れは、自分の中ではとても自然に感じられるかもしれません。
けれど、出来事と比較と自己評価は、もともと同じものではありません。
そとがわメソッドでは、こうした日常の何気ない反応から、自分が経験している現実がどのように出来上がっているのかを見ていきます。
人と比べなくなることを目指すのではなく、比べたときに何が起きているのかを知る。
それによって、自分の反応を否定することなく、選択の余地を見つけていくのです。
「自分には足りない」が生まれる仕組みを知りたい方へ
人と比べることは、必ずしも問題ではありません。
でも、誰かの姿を見た途端に、自分が足りない存在になったように感じることがあります。
そのとき、目の前で何が起きて、どんな意味が加わり、どうしてもっと頑張る必要が生まれたのでしょう。
そとがわメソッドの無料講座では、出来事とそこについた意味、予測、感情や行動を分けながら、人間が現実を経験する仕組みを説明しています。
よくある質問
Q. 他人と比べてしまうのは、自己肯定感が低いからですか?
自己肯定感が関係する場合もありますが、それだけで説明できるとは限りません。
他人との比較は、自分の能力や立ち位置を知るためにも使われます。
大切なのは、比べること自体より、その結果をどう受け取っているかです。
Q. 人と比べることは悪いことですか?
悪いこととは限りません。
誰かの行動を参考にしたり、自分の目標を考えたりする材料にもなります。
一方で、比較した結果をそのまま自分の価値の評価として受け取ると、苦しくなることがあります。
Q. SNSを見ない方がいいのでしょうか?
SNSから距離を取ることで楽になるなら、それも一つの選択です。
ただし、SNSそのものだけが比較を生むわけではありません。
仕事や家族、友人関係など、さまざまな場面で比較は起こります。
何を見たとき、どんな基準で自分を評価しているのかを知ることもできます。
Q. 人と比べない自分を目指した方がいいですか?
その必要があるとは限りません。
「比べてはいけない」と決めると、比べた自分を責める新しい判断が生まれることもあります。
比較という反応が起きたときに、そこからどんな意味や自己評価が加わったのかを見ることができます。
関連記事
まずは無料講座から
他人と比べたとき、自分の中ではさまざまなことが起きています。
違いを見つける。
そこに意味を加える。
自分の状態を評価する。
その評価から、何かを変える必要を感じる。
そとがわメソッドでは、こうした仕組みを一つずつ分けて見ていきます。
誰かより優れた自分になるためでも、比較しない人になるためでもありません。
自分が今、何を見て、どんな意味を加え、何を必要としているのか。
その仕組みを知ることが、自分で選べる状態につながっていきます。
参考文献
Festinger, L. (1954). A Theory of Social Comparison Processes. Human Relations, 7(2), 117–140. https://doi.org/10.1177/001872675400700202


そとがわメソッド開発者。心理学・自己啓発・潜在意識などを学んでも自己否定が終わらなかった自身の経験から、「自分を変える前に、何が起きているのかを見る」そとがわメソッドを開発。著書『自分を否定しない練習』。
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