境界線を学んだのに人に振り回される|知識だけでは変わらない理由

「境界線を引くことが大切」

「相手の問題まで背負わなくていい」

「嫌なことにはNOと言っていい」

「自分と相手の課題を分けよう」

そう学んだ。

頭では分かっている。

でも実際に、

誰かに頼まれる。

相手が困った顔をする。

機嫌が悪くなる。

強く言われる。

すると、

断れない。

距離を取れない。

相手の問題なのに、何とかしようとしてしまう。

あとから、

「境界線を引けばよかった」

「また人に振り回された」

「こんなに学んだのに、どうしてできないんだろう」

と思う。

でも、

ここで一度分けて見たいことがあります。

境界線を知っていることと、その場で境界線を引けることは同じではありません。


目次

境界線を学ぶと「どこまでが自分の責任か」は分かりやすくなる

境界線という考え方を知ると、

いろいろなものを分けて見やすくなります。

自分の感情。

相手の感情。

自分の選択。

相手の選択。

自分ができること。

相手にしかできないこと。

どこまで引き受けるか。

どこから先は相手に返すか。

こうしたことを整理できるようになります。

それは、とても役に立つことがあります。

でも、

「分けて考えられる」ことと、「その場でそう行動できる」ことは別です。


「相手の問題だ」と分かっていても、体は先に反応することがある

たとえば、

相手が不機嫌になった。

頭では、

「相手の機嫌は相手の問題」

と分かっている。

でも、

胸がざわつく。

顔色を確認する。

何かしたかなと思う。

機嫌を直そうとする。

謝らなくてもいい場面なのに、

とりあえず謝る。

これは、

境界線について知らないから起きているとは限りません。

すでに知っている。

それでも、

相手の不機嫌を危険として反応している

ことがあります。


NOと言っていいと知っていても、NOが危険なら言えない

境界線について学ぶと、

「断っていい」

「無理なものは無理と言っていい」

と知ります。

でも、

頼まれた瞬間、

断ったら嫌われるかも。

空気が悪くなるかも。

怒られるかも。

冷たい人だと思われるかも。

見捨てられるかも。

関係が壊れるかも。

そんな予測が起きたらどうでしょう。

その場では、

NOと言うことより、

引き受ける方が安全に見えることがあります。

あとからなら、

「断ればよかった」

と思える。

でも、

その瞬間には、

断らないことの方が必要だった

のかもしれません。


「境界線を引けなかった私」が新しい問題になることがある

境界線を学ぶ前なら、

人に合わせたあと、

ただ疲れていたかもしれません。

でも、

境界線を知ったあとでは、

「また境界線を引けなかった」

「バウンダリーが弱い」

「私はまだ他人との境界が曖昧だ」

と、

自分を評価する材料が増えることがあります。

すると、

最初の苦しさに加えて、

境界線を引けなかった自分への自己否定

が増えます。

頼まれて断れなかった。

それだけではなく、

「断れなかった私はダメ」

まで追加される。

これでは、

知識が増えたのに、

前より苦しくなることもあります。


境界線は「引けばいい」で終わらない

外から見ると、

境界線はシンプルに見えることがあります。

嫌なら断る。

無理なら離れる。

相手の感情は相手に返す。

自分の責任だけ持つ。

でも、

現実では、

関係性があります。

家族。

職場。

パートナー。

友人。

取引先。

立場。

役割。

収入。

生活。

いろいろな条件があります。

だから、

「境界線を引けばいい」

だけでは解決しない場面もあります。

見るなら、

なぜその場では、境界線を引かない方が必要に見えたのか

です。


相手を助けることと、相手の問題を背負うことは同じではない

相手が困っている。

だから助ける。

これはできます。

相談に乗る。

手伝う。

話を聞く。

できる範囲で支える。

そういう選択もあります。

問題は、

助けたことではありません。

「私が何とかしないと」

「私が断ったら大変なことになる」

「相手が苦しいなら私が解決しないと」

と、

自分が引き受けなければならないことになっているかどうか

です。

同じ「助ける」でも、

自分で選んでいる場合と、

選べない状態になっている場合では違います。


境界線を引くことが「冷たいこと」に見えている場合もある

境界線を引こうとすると、

こんな感覚が出ることがあります。

「そんなの冷たくない?」

「自分勝手じゃない?」

「見捨てるみたい」

「困っているのに放っておくの?」

すると、

境界線を引くことが、

単なる距離の調整ではなく、

悪い人になること

のように見えることがあります。

それなら、

頭で「境界線は大切」と分かっていても、

実際には引きにくくなります。


境界線を学んだのにできないなら、知識不足とは限らない

もっと学べばできる。

もっと本を読めば分かる。

もっと境界線について理解すれば変われる。

そう思うこともあります。

でも、

すでに、

「相手の問題は相手のもの」

と分かっている。

「断っていい」

とも知っている。

それでもできないなら、

必要なのは、

同じ知識をさらに強く覚えることだけではないかもしれません。

知っていることと、その場で起きる反応を分けて見る

ことができます。


「私は境界線を引けている?」と確認し続けると疲れる

今日は断れた。

「少し境界線を引けるようになった」

でも翌日、

また頼みごとを引き受けた。

「やっぱりできてない」

相手の機嫌を気にした。

「また境界が曖昧になってる」

こうなると、

毎日の行動が、

境界線を引けているかどうかのテストになります。

できたら○。

できなかったら×。

そして、

×が出るたびに、

「まだ変われていない」

となる。

境界線という知識が、

自分を守るための道具から、

自分を採点するための基準

に変わることがあります。


「どこまでが自分?」より先に見るものがある

境界線について考えると、

「これは誰の問題?」

と分けることがあります。

それも役に立ちます。

でも、

そとがわメソッドでは、

もう一つ見ます。

相手の問題だと分かっているのに、

なぜ自分が何とかしなければならないのか。

断っていいと分かっているのに、

なぜ断らない方が必要なのか。

距離を取っていいと分かっているのに、

なぜ離れる方が危険に見えるのか。

つまり、

境界線を引けないことそのものより、その行動が必要になる仕組み

を見ていきます。


「境界線を引く」と「関係を切る」は同じではない

境界線という言葉を聞くと、

距離を取る。

関わらない。

断る。

関係を切る。

そんな強い行動を想像することがあります。

でも、

境界線は、

必ずしも関係を切ることではありません。

今日はできないと伝える。

ここまではできると伝える。

自分で決められないことは確認する。

相手が決める部分を相手に戻す。

自分ができる範囲だけ対応する。

そんな小さな分け方もあります。

外から正解を置くのではなく、

その場で自分が何を選べるか

を見ることができます。


境界線を引けなかったときに見ること

また引き受けてしまった。

また相手の機嫌を何とかしようとした。

また断れなかった。

そんなとき、

「また境界線を引けなかった」

だけで終わらせずに、

少し前へ戻ってみます。

頼まれた瞬間、

何が起きた?

断ったら何が起きると思った?

相手が不機嫌になったら、

何が困る?

距離を取ることが、

自分の中では何を意味している?

もし断ったら、

自分はどんな人になると思っている?

ここを見ると、

「境界線が弱い」

という一つの言葉の中に、

もっと具体的な仕組みが見えてくることがあります。


そとがわメソッドでは「もっと境界線を引こう」の前を見る

そとがわメソッドでは、

「もっとNOと言おう」

「もっと自分を守ろう」

という新しい正解を追加するより先に、

なぜその場では、NOと言わないことや、相手の問題まで引き受けることが必要になっているのか

を見ていきます。

頭では、

「相手の問題まで背負わなくていい」

と分かっている。

それでも実際の場面では、

また自分が何とかしようとしてしまう。

その間に何が起きているのか。

無料講座0時間目では、

そこを実際の出来事から分けて見ていきます。

→ 無料講座0時間目を見る

境界線をうまく引ける人になるためではなく、

境界線を引けない自分をまた問題にする前に、その場で何が起きているのかを見るための入口

としてご覧ください。


よくある質問

境界線は、はっきり引いた方がいいのでは?

必要な場面では、

はっきり伝えることもできます。

ただ、

すべての場面で同じ線を引く必要があるとは限りません。

関係性や状況によって、

どこまで引き受けるかは変わります。

大切なのは、

固定された正解を守ることより、

自分が何を選んでいるのかを見られること

です。

相手の問題を助けたら、境界線が曖昧ということですか?

必ずしもそうではありません。

相手を助けることを、

自分で選ぶこともできます。

この記事で分けているのは、

「助けること」と、

「助けなければならないこと」です。

助けたいから助けるのか。

助けないと何か悪いことが起きると感じているのか。

そこは同じではありません。

家族には境界線を引きにくいです

距離の近い相手ほど、

難しくなることがあります。

長い関係の中で、

自分がやること。

自分が我慢すること。

自分が相手の機嫌を整えること。

そういった役割が当たり前になっている場合もあります。

だから、

「家族にも境界線を引きましょう」

だけでは難しいことがあります。

まず、

なぜ自分がそこまで引き受ける必要があるのか

を見ることができます。

境界線を引いたら嫌われる気がします

そう感じるなら、

そこは大切な部分です。

「嫌われてもいいと思いましょう」

と上書きするより先に、

なぜ嫌われることがそこまで危険なのか。

嫌われたら何が起きると思っているのか。

そこを見ることができます。

境界線を引けない理由が、

境界線の知識不足ではなく、

関係を失うことへの反応

にある場合もあります。

境界線を意識しすぎて、人との関係が面倒になりました

境界線が、

「これは私の問題?」

「これは相手の問題?」

と、

すべてを判定するための基準になると、

疲れることもあります。

境界線は、

人を切り分け続けるためのものではありません。

必要なときに、

自分が何を引き受け、

何を選ぶかを見るための道具として使うこともできます。


関連記事

「NOと言っていい」と分かっているのに、頼まれると断れない場合はこちら。

→ 頼まれると断れないのはなぜ?「断っていい」と分かっていても断れない理由

「これは相手の問題」と分かっているのに、放っておけず自分が何とかしようとしてしまう場合はこちら。

→ 人の問題まで背負ってしまう|「相手の問題」と分かっていても放っておけないのはなぜ?

どこまで自分が対応すべきなのか分からなくなり、相手の反応まで自分の責任に感じる場合はこちら。

→ 自分の責任はどこまで?改善できることと、相手側の変数を分ける


「境界線を引ける人」にならなくてもいい

また断れなかった。

また相手の機嫌を気にした。

また自分が何とかしようとした。

そんなとき、

「また境界線を引けなかった」

「私はまだバウンダリーが弱い」

と、新しい問題を増やさなくても構いません。

見ることができるのは、

境界線を引けなかったことより、その場で何が起きていたのか。

断ったら何が起きると思ったのか。

相手が不機嫌になったとき、何を危険だと感じたのか。

距離を取ったら、どうなると思ったのか。

助けなかったら、自分はどんな人になると思ったのか。

そして、

なぜその場では、境界線を引かないことの方が必要だったのか。

そこを見ることができます。

境界線を引いてもいい。

今回は引き受けてもいい。

助けてもいい。

距離を取ってもいい。

大切なのは、「正しく境界線を引けたか」で自分を採点することではなく、

自分が何を見て、なぜその行動を選んでいるのかを見られることです。

境界線についてさらに学ぶ前に、知っているのに使えないとき自分の中で何が起きているのかを見てみたい方は、無料講座0時間目からご覧ください。

\ 最新情報をチェック /

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

そとがわメソッド開発者。心理学・自己啓発・潜在意識などを学んでも自己否定が終わらなかった自身の経験から、「自分を変える前に、何が起きているのかを見る」そとがわメソッドを開発。著書『自分を否定しない練習』。
詳しいプロフィールはこちら

コメント

コメントする

目次