それは、
私の問題ではない。
本人が決めること。
本人が対応すること。
そこまで自分が背負わなくていい。
頭では、
分かっている。
それなのに、
相手が困っている。
悩んでいる。
うまくいっていない。
そんな様子を見ると、
気になる。
「大丈夫かな」
「何かできることないかな」
「私が手伝った方がいいかな」
と考え始める。
頼まれていなくても、
調べる。
考える。
声をかける。
代わりに動く。
気づけば、
相手より自分の方が、
その問題について考えている。
そして疲れてから、
「また人の問題まで背負ってしまった」
と思う。
でも、
人の問題だと分かっていることと、
それを背負わずにいられることは、
同じではありません。
「もっと境界線を引かなきゃ」と考える前に、
相手が困っているのを見たとき、
自分の中で何が起きているのかを見てみます。
「誰の問題か」は、もう分かっていることもある
仕事で、
同僚がミスをした。
家族が、
何かで困っている。
友人が、
人間関係で悩んでいる。
パートナーが、
自分で決めなければならない問題を抱えている。
冷静に考えれば、
「本人の問題だよね」
と分かる。
でも、
それで終わらない。
「放っておいて大丈夫かな」
「困ってるのに何もしないのも……」
「もっと大変になったらどうしよう」
「私にもできることがあるのに」
そんなことが出てくる。
すると、
「これは相手の問題」という理解とは別に、
「でも私が何とかしなきゃ」という反応が動き始めます。
だから、
誰の問題かを知らないから背負っているとは限りません。
すでに知っている。
それでも、
実際の場面では動いてしまう。
そんなことがあります。
相手が困っている。そのあとに何が起きた?
いったん、
出来事から分けてみます。
相手が、
「困ったな」
と言った。
ここまでが、
実際に起きたこと。
そのあと、
「このままだと大変そう」
「助けた方がいいかも」
「私ならできる」
「何もしなかったら冷たいかな」
「あとで悪化したら嫌だな」
と出てきた。
心配になる。
落ち着かなくなる。
そして、
調べる。
提案する。
代わりにやる。
何度も様子を確認する。
全部をまとめると、
「私は人の問題まで背負ってしまう」
になります。
でも、
順番に分けてみると、
相手の問題を見たあと、
自分の中で何かが起き、
その結果として動いている
と見ることができます。
「助ける」と「背負う」は同じではない
人を助けること自体が、
問題なのではありません。
困っている人に、
声をかけることもできる。
相談に乗ることもできる。
手伝うこともできる。
代わりに何かをすることもある。
それを、
自分で選ぶこともできます。
ここで見たいのは、
助けたか、
助けなかったかではありません。
たとえば、
「できるから手伝おう」
と、
「私がやらないと大変なことになる」
では、
同じ行動をしていても、
中で起きていることは違います。
「助けたい」
と、
「助けない自分ではいられない」
も、
同じではありません。
何をしたかだけではなく、
なぜその行動が必要になったのか。
そこを見ます。
自分と相手の責任範囲そのものを整理したい場合は、こちらの記事で詳しく扱っています。
→ 自分の責任はどこまで?改善できることと、相手側の変数を分ける
「放っておく」が怖いこともある
相手の問題だから、
相手に任せる。
言葉だけなら、
それで終わります。
でも、
実際に何もしないでいると、
落ち着かないことがあります。
このまま失敗したら?
もっと困ったら?
関係が悪くなったら?
「知っていたのに何もしなかった」と思ったら?
相手から、
「助けてくれなかった」
と思われたら?
すると、
相手を助けることによって、
相手だけではなく、
自分の中で起きる何かにも対応している
場合があります。
だから、
「相手の問題なんだから放っておけばいい」
と知識を増やしても、
実際の場面ではまた動くことがあります。
「境界線を引かなきゃ」も正解になる
人の問題まで背負って疲れる。
そこで、
境界線について学ぶ。
「相手の問題は相手に返す」
「自分と他人の課題を分ける」
「NOと言っていい」
と知る。
それ自体が、
役に立つこともあります。
でも今度は、
「また人の問題を背負ってしまった」
「ちゃんと境界線を引けなかった」
「また他人軸になっている」
と、
自分を採点することがあります。
すると、
人の問題を背負って苦しかったところに、
「正しく境界線を引けない自分」という問題まで増える
ことがあります。
そとがわメソッドでは、
人を助けない人になることを目指しません。
助けることもある。
助けないこともある。
途中まで手伝うこともある。
一緒に考えることもある。
相手に任せることもある。
大切なのは、
決められた境界線を守ることではなく、
自分がなぜその行動を選んでいるのかを見られること。
そこを見ます。
境界線については、すでにこちらの記事でも詳しく扱っています。
→ 境界線を学んだのに人に振り回される|知識だけでは変わらない理由
「なぜ背負ってしまう?」から少しずらして見る
「どうしたら人の問題を背負わなくなる?」
と考える前に、
少し問いを変えてみます。
「もし私が何もしなかったら、何が起きると思っている?」
相手が困る。
問題が大きくなる。
嫌われる。
冷たい人だと思われる。
あとで自分が後悔する。
自分にも責任があるように感じる。
あるいは、
理由は分からないけれど、
何もしないで見ていること自体が落ち着かない。
何が出てくるかは、
人によって違います。
そして、
必ず何か大きな理由が隠れていると決める必要もありません。
答えを先に作らず、
実際に自分が人の問題を背負った場面を見る。
何が起きて、
何を感じて、
なぜその行動が必要になったのか。
そこを順番に見ていきます。
無料講座で「分かっているのに背負ってしまう」を見てみませんか?
頭では、
「これは相手の問題」
「私が全部やる必要はない」
「本人に任せてもいい」
と分かっている。
それでも、
実際に相手が困っていると、
気になる。
放っておけない。
自分が何とかしようとする。
そとがわメソッド無料講座では、
頭では分かっていることと、
実際に起きる反応の間で何が起きているのか
を、出来事から順番に分けて見ていきます。
今回の記事から入るなら、
まず0時間目から全体の見方を知るのが分かりやすいです。
「人の問題を背負わない自分」になるためではなく、
なぜ今の自分には、その行動が必要になっているのかを見るための入口
としてご覧ください。
よくある質問
相手が困っているなら、助けるのは悪いことではないですよね?
もちろん、
助けることを選ぶこともできます。
ここで分けているのは、
「助けること」と、
「助けなければならないこと」です。
助けたいから助けるのか。
助けないと何か悪いことが起きると感じているのか。
同じ行動でも、
中で起きていることは同じとは限りません。
人の問題を背負うのは、境界線が弱いからですか?
そう説明できる場合もあります。
ただ、
「境界線が弱いから」と分かっただけでは、
実際に相手が困っている場面で、
また同じ反応が起きることがあります。
そとがわメソッドでは、
境界線を引けるかどうかを採点する前に、
その場で何が起きていたのかを見ます。
家族の問題は、どこまで本人に任せればいいのでしょうか?
すべての関係に共通する、
固定された線があるわけではありません。
年齢や状況、
役割、
実際に必要な支援によっても変わります。
そのため、
「ここから先は絶対に相手の問題」と先に決めるのではなく、
自分にできること、
相手にしか選べないこと、
実際に必要な対応を分けたうえで、
どこまで関わるかを選びます。
関連記事
境界線を知っているのに、実際の場面では相手の問題まで引き受けてしまう場合はこちら。
→ 境界線を学んだのに人に振り回される|知識だけでは変わらない理由
自分と相手の責任範囲そのものを整理したい場合はこちら。
→ 自分の責任はどこまで?改善できることと、相手側の変数を分ける
頼まれると断れず、引き受けてしまう場合はこちら。
→ 頼まれると断れないのはなぜ?「断っていい」と分かっていても断れない理由
「背負わない自分」にならなくてもいい
また相手のことを考えた。
また手伝った。
また自分が何とかしようとした。
そんなとき、
「また境界線を引けなかった」
「相手の問題なのに」
と、自分を直すところから始めなくても構いません。
見ることができるのは、
もし自分が何もしなかったら、何が起きると思っていたのか。
相手がもっと困ると思ったのか。
関係が悪くなると思ったのか。
冷たい人だと思われそうだったのか。
あとから自分が後悔しそうだったのか。
それとも、理由は分からなくても、何もしないでいること自体が落ち着かなかったのか。
そして、
そのときの自分には、なぜ「自分が動く」という行動が必要になったのか。
そこを見ることができます。
助けてもいい。
助けないことを選んでもいい。
途中まで手伝ってもいい。
相手に任せてもいい。
「正しく境界線を引く」ことより先に、自分の中で何が起きているのかを見ることができます。
その見方を最初から知りたい方は、無料講座0時間目からご覧ください。

そとがわメソッド開発者。心理学・自己啓発・潜在意識などを学んでも自己否定が終わらなかった自身の経験から、「自分を変える前に、何が起きているのかを見る」そとがわメソッドを開発。著書『自分を否定しない練習』。
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