注意されると全部否定された気がするのはなぜ?
「ここ、少し直しておいて」
「次から気をつけてね」
「このやり方だと困るよ」
言われた内容だけを見ると、
一つの仕事や、一つの行動についての指摘。
それなのに、
胸が苦しくなる。
頭の中では、
「私ってダメなんだ」
「全部否定された」
「もう信用されていないかもしれない」
まで広がっていく。
あとになって、
「そこまで言われてないよね」
と思うこともある。
それでも、言われた瞬間には、
本当に自分全部を否定されたように感じる。
そんなことがあります。
そとがわメソッドでは、
「気にしすぎないようにする」
「もっと自信を持つ」
と考える前に、
実際に言われたことが、自分の中でどこまで広がったのか
を見ていきます。
一つの指摘が、「自分全部」の話になることがある
たとえば仕事で、
「この数字、間違ってるよ」
と言われたとします。
実際に確認できるのは、
「数字の間違いを指摘された」
ということです。
でも、その瞬間、
自分の中では、
「ちゃんとできていなかった」
「仕事ができないと思われた」
「私はダメだ」
まで広がることがあります。
本来、
「この数字が違う」
という情報だったものが、
自分の中では、
「自分がダメ」
という話になる。
すると、
相手が指摘したのは一部分でも、
受け取る側では、
自分全体を否定されたように感じることがあります。
「ここが違う」と「私はダメ」は同じではない
一つミスをした。
これは、
「今回、一つミスをした」
という出来事です。
でも、
そこから、
間違えた
↓
ちゃんとできていない
↓
仕事ができない
↓
役に立たない
↓
自分はダメ
とつながることがあります。
この流れが速いと、
途中を意識する前に、
「全部否定された」
まで進んでいることがあります。
だから、
「注意されただけなのに、なんでこんなに苦しいんだろう」
と思っていても、
自分の中では、
注意だけでは終わっていないことがあります。
苦しいのは、指摘の内容だけではないことがある
「ここを直して」
と言われた。
それだけなら、
必要なところを直せば終わる話かもしれません。
でも、
その先に、
「評価が下がるかもしれない」
「信用されなくなるかもしれない」
「また怒られるかもしれない」
「居づらくなるかもしれない」
まで起きるように感じていたら、
一つの指摘の重さは変わります。
胸が苦しくなる。
身体が固くなる。
頭が真っ白になる。
怖くなる。
落ち込む。
そんな反応が起きても、
すぐに、
「メンタルが弱い」
「自己肯定感が低い」
と決める必要はありません。
その場では、
単に「ミスを指摘された」以上のことが起きると受け取っていた可能性があります。
「そこまで言われてない」と分かっていても、反応することがある
あとから振り返ると、
「仕事の一部分を注意されただけだった」
と分かる。
「人格まで否定されたわけじゃない」
とも思える。
それでも、
その場では苦しくなる。
これは、
頭で分かっていることと、
実際の場面で起きる反応が、
同じではないからです。
だから、
「そこまで言われてないと考えよう」
「気にしないようにしよう」
だけでは、
また同じ場面で反応することがあります。
分かっていないというより、
その場では別の意味まで広がっている
ことがあります。
「こんなことで傷つく自分」まで責めることがある
注意されて苦しくなったあと、
「またこんなことで落ち込んでる」
「もっと強くならないと」
「なんで私はいちいち気にするんだろう」
「こんな自分だからダメなんだ」
と、自分を責めることがあります。
すると、
最初は、
「注意されて苦しい」
だったものに、
「注意されて苦しくなる自分もダメ」
が追加されます。
一つの指摘から、
「自分全部がダメ」
になり、
さらに、
「こんなふうに反応する自分もダメ」
まで増えていく。
だから、
ここで新しく、
「気にしない人になろう」
「落ち込まないようにしよう」
とすると、
また自分を直す項目が増えることがあります。
ここまで読んで、
「注意された内容より、自分全部の話になっていたかもしれない」
と思った方は、無料講座0時間目から自分の反応の仕組みを見てみてください。
自分を強くするためではなく、自分の中で何が起きているのかを見るための入口です。
本当に人格まで否定されている場合は、別に考える
ここは大切です。
相手が、
「だからあなたはダメなんだ」
「何をやらせてもダメ」
「人としてどうなの」
など、
一つの行動についてではなく、
人格そのものを攻撃している場合もあります。
その場合まで、
「自分が全否定されたと受け取っただけ」
と考える必要はありません。
実際に何を言われたのか。
どこまでが仕事や行動への指摘なのか。
どこからが人格への攻撃なのか。
そこも分けて見ます。
そとがわメソッドは、
すべてを本人の受け取り方の問題にするものではありません。
自分の内側で起きていることを見ることと、
外側で実際に起きている問題へ対応することは別です。
「できなかった」と「できない人」は別
今回できなかった。
今回間違えた。
今回知らなかった。
それと、
「私はできない人」
「私は仕事ができない人」
「私は役に立たない人」
は、
同じではありません。
でも、
注意された瞬間には、
この二つが一つになることがあります。
すると、
必要な修正をするだけでは終わらず、
「もっと自分そのものを変えないと」
となりやすくなります。
だから、
必要なところは普通に直していい。
次から確認方法を変えてもいい。
分からないことは聞いてもいい。
そのうえで、
今回の出来事と、
「自分はダメな人間だ」
という評価までを、
同じものとして扱わなくてもいい。
注意されたあと、「もっとちゃんとしなきゃ」が始まることもある
全部否定されたように感じると、
次は、
「もう失敗しないようにしないと」
「もっと確認しないと」
「もっとちゃんとやらないと」
となることがあります。
すると、
一つのミスを修正する以上に、
自分の行動全体を細かく管理するようになる。
相手の表情を気にする。
何度も確認する。
必要以上に謝る。
失敗しないように先回りする。
そうして、
「もう注意されない自分」
を作ろうとすることがあります。
でも、
注意される可能性を完全になくすことはできません。
状況も、
相手も、
仕事内容も変わります。
だから、
「もう二度と何も言われない自分」を目指すほど、
苦しさが増えることもあります。
今日見るなら、この一つ
次に注意されて、
「全部否定された」
ように感じたとき。
すぐに、
「気にしすぎ」
「もっと強くならなきゃ」
と自分を直す前に、
一つだけ見てみてください。
「私は今、何を否定されたと思った?」
注意された仕事の一部分なのか。
能力なのか。
信頼なのか。
評価なのか。
人間性なのか。
自分の存在そのものなのか。
正しい答えを出す必要はありません。
今見える範囲で構いません。
実際に言われたことと、
自分が受け取ったことを、
一度分けて見る。
そこが入口です。
「全部否定された」で終わらず、何が起きたのかを見る
注意される。
苦しくなる。
全部否定されたように感じる。
自分を責める。
もっとちゃんとしようとする。
この流れを、
「私はメンタルが弱いから」
だけで終わらせなくてもいい。
実際には、
何を言われたのか。
自分は何を否定されたと受け取ったのか。
その先に、
何が起きると思ったのか。
そこを分けて見ると、
なぜ一つの注意が、
「自分全部」の問題に見えていたのかが分かることがあります。
そとがわメソッドでは、
注意されても何も感じない人になることを目標にはしません。
反応が起きていても、
「今、自分全部の話になっている」
と見える。
そのうえで、
必要なところだけ修正する。
確認する。
何もしない。
相手の言い方に問題があれば距離を取る。
その場で選べる余地を増やしていきます。
無料講座0時間目「分かっているのに、やめられない理由」では、
「そこまで言われていない」と分かっているのに同じ反応が起きるような、
分かっているのに終わらない仕組みを解説しています。
次の答えを増やすためではなく、自分の仕組みを実際に見られるようになるための入口としてご覧ください。
よくある質問
本当に「全否定」されている場合もありますよね?
あります。
一つのミスについて話しているのではなく、
「だからあなたはダメ」
「何をやってもダメ」
など、
人格まで攻撃されている場合もあります。
その場合まで、
「自分の受け取り方の問題」
にする必要はありません。
まず、
実際に何を言われたのかを分けます。
内側の反応を見ることと、
外側で起きている問題へ対応することは別です。
自己肯定感が低いからではないんですか?
自己肯定感という説明が役に立つ場合もあります。
ただ、
「自己肯定感が低い」
だけでは、
その場で何が起きていたのかまでは分からないことがあります。
何を否定されたと受け取ったのか。
その先に何が起きると思ったのか。
そこを見ると、
同じ「注意されるのが苦手」でも、
本人ごとの違いが見えやすくなります。
「そこまで言われてない」と考え直せばいいですか?
そう考えて楽になるなら、
使っても構いません。
ただ、
「そこまで言われていないと思わなければ」
を新しい正解にする必要はありません。
頭で訂正できても、
反応そのものは起きることがあります。
まずは、
実際に言われたことと、
自分が受け取ったことが違っていた、
と見えるだけでも構いません。
また同じように傷ついたら、変わっていないということですか?
そうとは限りません。
同じように苦しくなっても、
「今、自分全部の否定まで広がったんだな」
と見えることがあります。
そのあと自分を責める量が違うこともあります。
必要以上に謝わなくなることもあります。
取る行動が変わることもあります。
同じ反応が出たからといって、
以前と全部同じとは限りません。
関連記事
→ ちゃんとしているのに怒られるのはなぜ?もっと直す前に分けたいこと
注意されるたびに「もっとちゃんとしなきゃ」と、自分の改善を増やしてしまう場合はこちら。
頭では理解しているのに、同じ場面になると同じ反応が起きる場合はこちら。
反応したあと、さらに自分を責めて苦しくなる場合はこちら。
実際に起きたことと、自分の中でついた意味を分ける考え方はこちら。
もう少し、自分の中で起きていることを見てみたい方へ
「ここを直してね」
と言われただけなのに、
「私ってダメなんだ」
「全部否定された」
「もう信用されていないかもしれない」
と、自分全部の話に広がってしまう。
そんなときは、
「気にしすぎないようにしよう」とする前に、
実際に言われたことと、自分の中でそこから広がった意味を分けて見る
こともできます。
そとがわメソッドの無料講座では、
出来事。
そこについた意味や予測。
反応。
その反応に対してさらに起きること。
そして、
なぜ、その反応が必要になっているのか
を順番に分けて見ていきます。
本当に人格まで否定されている場合まで、
「自分の受け取り方の問題」にする必要はありません。
実際に起きたことと、自分の中で起きたことを分けながら見てみませんか。

そとがわメソッド開発者。心理学・自己啓発・潜在意識などを学んでも自己否定が終わらなかった自身の経験から、「自分を変える前に、何が起きているのかを見る」そとがわメソッドを開発。著書『自分を否定しない練習』。
詳しいプロフィールはこちら

コメント