仕事で注意された。
言われたところは直した。
次は同じことをしないように、気をつけた。
すると今度は、別のことを言われる。
「そこじゃなくて、こっちも見て」
「もっと周りを見て動いて」
「それはできてるけど、今度はここ」
また直す。
すると、さらに別のことを言われる。
そんなことが続くと、
「直しても直しても終わらない」
「結局、まだ足りないってこと?」
「全部できるようにならないとダメなの?」
と思うようになることがあります。
そしてまた、自分の中に新しいルールを追加する。
でも、ここで一度分けて見たいことがあります。
前回指摘されたことを直したあとに、別の指摘を受けたことと、前回の改善が足りなかったことは同じではありません。
Aを直したあとにBを言われても、Aが失敗だったとは限らない
たとえば月曜日に、
「報告はもう少し早くして」
と言われた。
次から、早めに報告するようにした。
木曜日に今度は、
「確認してから報告して」
と言われた。
すると、
「早く報告してもダメだった」
と感じることがあります。
でも、月曜日の話と木曜日の話は、本当に同じでしょうか。
月曜日は、報告が遅かった。
木曜日は、内容の確認が足りなかった。
だとしたら、二つは別の話です。
月曜日の改善が無効になったわけではありません。
ところが頭の中では、
直した
↓
また注意された
↓
まだ足りなかった
と、一つの結果につながることがあります。
こうなると、何か指摘されるたびに、それまでの改善まで不合格だったように感じます。
指摘を全部「自分への総合評価」にすると終わらなくなる
仕事には、いろいろな項目があります。
速さ。
正確さ。
報告。
確認。
接客。
整理。
優先順位。
周囲との連携。
一つできるようになったからといって、今後ほかのことを一度も指摘されないとは限りません。
今日は入力ミスを注意された。
そこを直した。
来週は別の仕事で、報告のタイミングを注意された。
これは、仕事をしていれば起こり得ることです。
でも、それらを全部、
「私はまだ仕事ができていない」
という一つの評価にまとめると、
何か言われるたびに、またゼロからやり直すことになります。
今回の指摘と、自分全体の評価は同じではありません。
「改善する」と「もう何も言われない状態を作る」は別
今回、本当に改善した方がいいことがあるなら、今回のこととして直すことはできます。
確認不足なら確認する。
共有が必要なら共有する。
手順が違ったなら手順を確認する。
これは具体的に扱えます。
でも、
「ここを直せば、もう誰からも何も言われない」
とは限りません。
自分が何をするか。
相手が何を気にするか。
相手がどこまで求めるか。
どんな言い方をするか。
その場の状況がどう変わるか。
これらは同じものではありません。
自分の行動は改善できます。
でも、
相手の反応まで、自分の改善だけで固定することはできません。
指摘されたところを直すことと、
もう二度と何も言われない状態を作ること
は、同じではありません。
ここが一緒になると、改善しているはずなのに、なぜかどんどん苦しくなっていくことがあります。
指摘が増えるほど、自分の中のルールも増えていく
「もっと早く」
と言われた。
だから、早くする。
「急がなくていいから丁寧に」
と言われた。
だから、丁寧にする。
「分からなければ聞いて」
と言われた。
だから、聞く。
「それくらい自分で考えて」
と言われた。
だから、聞かないようにする。
一つ言われるたびに、新しいルールを追加していく。
すると、自分の中にはどんどんルールが増えます。
早くする。
でも雑にしない。
分からなければ聞く。
でも聞きすぎない。
自分で考える。
でも勝手に判断しない。
周りを見る。
でも自分の仕事も遅らせない。
全部を同時に守ろうとすると、だんだん仕事そのものより、
「何をしたらまた何か言われるか」
を気にする時間が増えていきます。
本当に必要なルールなのか、誰か一人の好みなのか
仕事で言われたことが、すべて同じ重さとは限りません。
会社として決まっているルール。
安全上必要なこと。
責任者から正式に決められた手順。
これは守る必要があるでしょう。
でも、人によって、
「私はこうしてほしい」
という好みもあります。
ある人は、先に報告してほしい。
別の人は、全部終わってから報告してほしい。
ある人は、細かく確認してほしい。
別の人は、いちいち聞かなくていいと言う。
それらを全部、
「私は次から絶対こうしなければならない」
として保存すると、自分の中のルールが矛盾します。
必要なら、
「これは正式なルールなのか」
「この場面だけなのか」
「この人の希望なのか」
を確認することもできます。
すべての指摘を、未来永劫のルールにしなくてもいい
ある日の特殊な状況で、
「今日は先にこっちをやって」
と言われた。
それを、
「今後は必ずこちらが先」
という永久ルールにする必要はないかもしれません。
忙しい日だけ。
その担当者と組むときだけ。
その仕事だけ。
状況によって必要だった可能性もあります。
指摘されたことを、
いつ・どこで・誰に対しても守るルール
として保存すると、ルールは増え続けます。
今回必要だったことは、今回の条件の中で考える。
それでも構いません。
「また言われた」が怖くなると、前回以上に直そうとする
前回注意された。
嫌だった。
落ち込んだ。
もう言われたくない。
すると次は、言われたことだけではなく、その周辺まで直そうとすることがあります。
「報告が遅い」と言われた。
↓
次から全部早めに報告しよう。
↓
ついでに、相手が困らないように先回りしよう。
↓
相手の顔色も見ておこう。
↓
何か言われる前に全部やろう。
最初は、一つの業務上の修正でした。
でも、いつの間にか、
「もう二度と嫌な反応をされないようにする」
ところまで広がっています。
ここまで来ると、改善する範囲に終わりがありません。
相手が不機嫌だったことまで、自分の改善不足にしなくていい
指摘されたあと、相手の表情や声も気になることがあります。
不機嫌そう。
冷たく感じる。
まだ納得していないように見える。
すると、
「まだ私の対応が足りない?」
「もっと直した方がいい?」
と考えることがあります。
もちろん、自分の仕事に問題がある場合もあります。
でも、
相手が不機嫌だった=自分の改善が不十分だった
と自動的につなげなくても構いません。
自分の仕事として扱う部分と、相手側で起きている反応は分けて見ることができます。
別の指摘が来たとき、すぐ一本につなげなくていい
前回、Aを指摘された。
Aを直した。
今回、Bを指摘された。
そのとき、
「Aを直してもダメだった」
ではなく、一度そのまま見ることができます。
Aはどうなった?
前回言われたことは、今回はできていた?
今回言われたBは、Aと関係している?
それとも、まったく別の話?
もしAができていたなら、
Aについては改善できた
ということです。
Bが出てきたからといって、Aまで不合格に戻す必要はありません。
改善したことが、なかったことになりやすい
指摘が続くと、できたことが見えにくくなります。
前回は報告が遅かった。
今回は早くできた。
でも、別のことを注意された。
すると、
「また注意された」
だけが残る。
前回よりできるようになった部分は、頭の中から消える。
こうして何を直しても、結果がいつも、
「またダメだった」
になります。
でも実際には、
できるようになった部分と、今回新しく出てきた問題が同時にある
こともあります。
「また注意された」ではなく、「今回は何を言われた?」
指摘が続いて疲れてくると、内容より、
「また注意された」
ということの方が大きくなります。
また。
また。
また。
そうなると、一つひとつの違いが見えなくなります。
だから次に別のことを言われたとき、一度こう分けてみます。
「今回は、具体的に何を言われた?」
前回と同じ?
違う?
前回直したところは、今回はどうだった?
今回の指摘は、仕事上の明確な基準?
その人の希望?
状況限定?
自分で改善できること?
確認しないと分からないこと?
「またダメだった」
より、かなり具体的になります。
仕事は「全部できるようになったら終了」ではない
仕事には、次々と新しい場面が出てきます。
初めての仕事。
忙しい日。
別の相手。
予定外のこと。
今までと違う条件。
だから、何か新しく注意されたことだけで、
「まだ自分が完成していない」
と考える必要はありません。
仕事は、すべてのパターンを先に覚えて、
二度と指摘されなくなったら合格
というものばかりではありません。
その場で必要なことを確認しながら対応する仕事もあります。
「私は今、何を起こさないために自分を直そうとしているんだろう?」
指摘されるたびに、
「次は何を直せばいい?」
と考え続けているなら、一度ここを見てみます。
私は今、何を起こさないために自分を直そうとしているんだろう?
今回の仕事を改善したいのか。
それとも、
「もう何も言われたくない」
「怒られたくない」
「できない人だと思われたくない」
という結果まで、自分の改善で作ろうとしているのか。
同じ「改善」に見えても、ここは同じではありません。
必要な修正をすることと、
嫌な出来事が二度と起きない自分を作ろうとすること
は分けて見ることができます。
今日見るなら「前回直したことは、本当に今回もダメだった?」
また別のことを言われたとき、
すぐに、
「まだ足りない」
へ進む前に、これだけ見てみてください。
「前回直したことは、本当に今回もできていなかった?」
できていたなら、そこは一度、できていたものとして残します。
そのうえで、今回言われたことを見る。
同じ問題なのか。
別の問題なのか。
仕事として必要な修正なのか。
相手の好みなのか。
確認が必要なのか。
新しい指摘が来たからといって、過去の改善まで全部消さなくていい。
前回は前回。
今回は今回。
まず出来事を分ける。
そこから、
今回何を意味することになったのか。
「まだ足りない」
「また怒られる」
「何をしても終わらない」
と感じたのか。
そしてその結果、またどんなルールを自分の中に追加しようとしているのか。
そこを見ます。
もう少し、自分の中で起きていることを見てみたい方へ
言われたところは直した。
それなのに、また別のことを言われた。
すると、
「結局まだ足りない」
「もっとちゃんとしなければ」
と、自分をさらに修正したくなることがあります。
そんなときは、
新しい指摘が来たことと、これまでの改善が無意味だったことを分けて見る
こともできます。
そとがわメソッドの無料講座では、
出来事。
そこについた意味や予測。
反応。
その反応に対してさらに起きること。
そして、
なぜ「また自分を直さなければ」が必要になっているのか
を順番に見ていきます。
必要な改善をやめるためではありません。
今回直した方がいいことは、今回のこととして直せます。
でも、
何も言われない自分になるために、ルールを増やし続ける必要があるとは限りません。
今まで「全部自分の改善不足」に見えていたものを、一度分けて見てみませんか。
よくある質問
別のことを指摘されたなら、それも直した方がいいのでは?
仕事上必要な修正なら、直せばいいと思います。
この記事で分けているのは、
新しい指摘を受けたことと、
「今までの改善も全部足りなかった」
と判断することです。
今回必要な修正は、今回のものとして扱えます。
次々と注意されるなら、やっぱり仕事ができていないのでは?
そういう可能性もあります。
ただ、指摘の数だけでは判断できません。
同じミスを繰り返しているのか。
新しい仕事について指摘されているのか。
人によって基準が違うのか。
それぞれを見る必要があります。
人によって言うことが違う場合はどうしたらいいですか?
可能であれば、正式な手順や、優先する責任者、判断基準を確認します。
複数人の好みをすべて自分の永久ルールにすると、矛盾が増えることがあります。
言われたことを全部覚えておいた方が、失敗しなくなるのでは?
役立つルールもあります。
ただ、状況限定の指示や人ごとの好みまで、すべて常時守るルールにすると判断が難しくなることがあります。
「どんな条件で必要なルールなのか」
まで分けて見ることができます。
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仕事の一部分を指摘されたのに、自分全体を否定されたように感じる場合はこちら。
もう少し、自分の中で起きていることを見てみたい方へ
指摘されたところを直しているのに、また別のことを言われる。
そんなとき、
「まだ足りない」
「もっとちゃんとしなければ」
と、自分をさらに修正する前に、
前回の改善と、今回起きたことを分けて見る
こともできます。
そとがわメソッドの無料講座では、
出来事と意味づけ。
反応。
その反応に対してさらに起きること。
そして、
なぜ「また自分を直さなければ」が必要になっているのか
を順番に見ていきます。
必要な改善をやめるためではありません。
今回直すところは、今回のものとして扱う。
そして、
「もう二度と何も言われない自分」を作るための改善まで、一緒にしない。
今、自分の中で何が起きているのかを、一度分けて見てみませんか。

そとがわメソッド開発者。心理学・自己啓発・潜在意識などを学んでも自己否定が終わらなかった自身の経験から、「自分を変える前に、何が起きているのかを見る」そとがわメソッドを開発。著書『自分を否定しない練習』。
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