スマートフォンの画面に、口を大きく開けてあくびをする人が映っています。
それを眺めていたら、今度は自分まで、ふわぁ……。
別に、その人と一緒に夜更かししたわけではありません。寝不足が画面から飛んできたわけでもない。それなのに、なぜか自分もあくびをしてしまうことがあります。
隣の人があくびをする。少し遅れて、自分にも出る。これが、いわゆる「あくびがうつる」という現象です。
「それは共感しているからだよ」と聞いたことがあるかもしれません。では、あくびがうつらなかった人は、相手に共感していないのでしょうか?
実は、ここが思いのほか面白いところです。人間のあくびについて調べた研究には、親しい人ほどうつりやすいという報告もあれば、共感性との関係がはっきりしないという報告もあります。
あくびそのものの仕組みと、他人のあくびを見聞きしたときの反応。そして、その反応から私たちが読み取ってしまう「この人は思いやりがある/ない」という意味。今回は、この三つを分けながら見てみます。
あくびがうつるのはなぜ?まず「伝染性あくび」とは
他人があくびをしたり、その様子を見たり聞いたりしたあとに、こちらにもあくびが出る現象は、研究では伝染性あくび(contagious yawning)と呼ばれます。
風邪のように細菌やウイルスが移動するわけではありません。ある人の行動が、別の人の反応のきっかけになるという意味で「うつる」と表現されます。
一方、誰のあくびも見ていないのに、眠いときや退屈なときなどに自分からあくびが出ることもあります。こちらは伝染性あくびと区別して扱われます。
ただし、「他人のあくびの直後に出たから、必ず伝染した」とも限りません。もともと眠くて、偶然同じタイミングになった可能性もあるからです。
だから研究では、あくびの映像などの刺激を見せる条件と、比較のための刺激を見せる条件を用意したり、実際にどの程度あくびが出たかを観察したりします。時間が近いことと、原因が分かったことは別なのです。
「あくびを見た」と「自分にもあくびが出た」の間に何がある?
たとえば電車で、向かいの席の人があくびをしたとします。
- 外側で起きた出来事:向かいの人が口を大きく開けて、あくびをした。
- こちらに届いた情報:その動きが視界に入り、注意が向いた。
- こちらの反応:少しあとで、あくびをしたくなったり、実際にあくびが出たりした。
- あとから付けた説明:「眠そうな人を見るとつられるんだ」「私は共感力が高いんだ」などと考えた。
三番目までは比較的観察できますが、四番目の説明が本当に原因を言い当てているかは、別途調べなければ分かりません。
ここでは「共感は間違い」と決めつけたいわけではありません。相手の姿に反応したことと、その反応を生み出した仕組みについての説明は、別の問いだということです。
親しい人のあくびほど、うつりやすい?
2011年、イヴァン・ノルシャとエリザベッタ・パラジは、人々の日常的なやりとりを観察し、誰のあくびにどのように反応したかを分析しました。Norscia & Palagi(2011)原著。
その研究では、家族、友人、知人、知らない人という関係の違いによって、あくびがうつる頻度や反応までの時間に差が見られました。おおむね、関係が近い人のあくびに対して、伝染が起きやすいという結果です。
「ほら、やっぱり共感なんだ!」と考えたくなりますよね。研究者たちも、感情的なつながりとの関連を論じています。
ただ、ここで一つ、条件を変えてみましょう。
家族とは毎日顔を合わせます。知らない人より、自然に目が向く機会も多いかもしれません。相手の顔の動きを見つめている時間や、自分のあくびを人前で抑える程度だって同じとは限りません。
つまり、親密さとあくびの伝染に関係があるという観察から、すぐに「共感という心の働きが原因だ」と一つに決めることはできないのです。
見えていなくても、あくびがうつる?「聞こえるだけ」の比較
ここでさらに面白い研究があります。
2020年、ノルシャらは、相手のあくびが見えず、音だけが聞こえる場面に注目しました。もし顔を見る注意の向け方だけが理由なら、相手の顔が見えない状況ではどうなるのでしょう。
研究チームは、長期間にわたる自然場面の記録から、耳で聞こえたあくびへの反応を分析しました。そこでも、友人や家族のあくびのほうが、伝染しやすいという関係が見つかりました。Norscia ほか(2020)原著。
ここが意外なところです。顔が見えていなくても、関係性による差が見られたわけです。
ただし、この研究は自然場面での観察です。「音を聞かせれば必ずあくびが出る」と証明したものでも、「注意の影響は完全にゼロだ」と示したものでもありません。相手を知っていること、場の雰囲気、もともとの眠気などを、日常場面で完全に同じにはできないからです。
見えるあくびと、聞こえるあくび。条件を変えて調べていくと、単純な「顔をまねしているだけ」では説明しきれない点が現れてきます。
それなのに、「あくびがうつる=共感力が高い」と言い切れない理由
2017年、マッセンとギャラップは、伝染性あくびと共感の関連を調べた先行研究を幅広く検討しました。
結論は、二つを結びつける証拠には一致しない結果や、十分に整理されていない条件があるというものでした。視覚的注意、あくびを抑える行動、実験方法の違いなどが、解釈を難しくしていると指摘しています。Massen & Gallup(2017)レビュー。
一方、2018年に報告された二つの実験室研究では、あくびの伝染と共感に関する測定値の関連が報告されています。2018年の実験報告。
さらに2023年には、若年成人にあくびや笑顔の動画を見せて反応を測った研究で、あくびがうつった人とそうでない人の間に、自己報告の特性的な共感性に明確な差は見られなかったと報告されました。Poole & Henderson(2023)原著。
「関連あり」と「関連なし」。矛盾して見えるかもしれませんが、使った刺激、測定した共感の側面、参加者、観察場所が違います。
そもそも共感には、相手の気持ちを想像すること、相手の感情に近い反応が起こること、相手を気遣って行動することなど、異なる側面があります。これらを全部「あくびがうつるかどうか」一つで測るのは無理があります。
あくびがうつったという事実だけから、その人の人格や思いやりを採点することはできません。ここは研究をどう読むかという点で、かなり大切なところです。
2026年の研究レビューでも、仕組みは一つに決まっていない
2026年10月に公開された系統的レビューでは、あくびの伝染を、社会的注意・他者の行動を見る過程・感情への反応など、複数の要因から検討しています。研究の対象群や手法によって結果が異なり、一つの単純な説明では捉えにくいことが整理されています。Boiangiu & Peleg(2026)レビュー。
この研究は特定の臨床集団も検討していますが、そこから「この人はあくびがうつらないから、共感性に問題がある」などと個人を判定することはできません。
本人の状態、相手への注意、刺激の出し方、そもそもあくびが出る機会など、比較する条件が多すぎるからです。
研究が積み重なるほど「共感という一語で全部終わり」とはならない。人間観察の題材としては、むしろそこが面白いんですよね。
画面越しでもうつる。では、ロボットがあくびをしたら?
最初のスマートフォンの話に戻ります。研究では、他人のあくびを映した動画を刺激として使うことがあります。つまり、同じ場所に本人がいなくても、あくびへの反応を調べられます。
では、画面どころか、相手が生き物ですらなかったら?
2025年、『Scientific Reports』には、チンパンジーが、人間の表情を再現するアンドロイドの「あくび」を見てあくびをすることがあったという報告が掲載されました。14頭を対象にした研究で、8頭がアンドロイドのあくびに対して伝染性のあくびを示したと報告されています。Joly-Mascheroni ほか(2025)原著。
もちろん、これはチンパンジーの小規模な研究です。人間でも同じようにロボットからうつると証明したわけではありません。「チンパンジーには共感がない」と言える研究でもありません。
それでも、「相手の眠さを心で理解したからうつった」とだけ説明していたら、こうした実験はどう考えればいいのでしょう。
見えている動き、相手の種類、過去の経験、周囲の状況。何がそろうと反応が出るのかという疑問が、ぐっと広がります。
つまり、あくびは「まね」なの?「共感」なの?
どちらか一つしか認められない、という問題ではありません。
他人の動作を見ることで自分にも似た行動が出やすくなる面、相手との関係によって反応の出方が違う面、注意が向いたかどうかで刺激の入り方が変わる面。複数の要因が重なっていても不思議ではありません。
ただし、どの説明がどの程度効いているのか、個々の場面で何が原因だったのかは、研究の条件と結果を見ながら慎重に考える必要があります。
たとえば「家族のあくびはうつった。だから家族への愛情がある」と結論づけるのは、観察と意味づけを一つにしてしまっています。
反対に「あくびはただの反射だから、人間関係は一切関係ない」と切り捨てるのも、関係性による違いが報告された研究を見落としてしまいます。
人間の反応は、こうした一つの説明で決めきれない条件の重なりにこそ、観察する面白さがあります。
あくびがうつらないと、共感力が低い?
結論から言えば、そのようには判断できません。
人があくびをしない理由はいろいろ考えられます。相手のあくびに気づいていなかったかもしれないし、たまたまそのときは反応が出なかったかもしれません。人前で大きなあくびを控えていた可能性もあります。
共感という複雑な働きを、「あくびがうつったか」の一回の反応で計ることはできません。
面白いのは、本来は体の小さな反応だったものが、いつの間にか人格の評価になってしまうことです。
「私はあくびがうつらない。だから冷たい人なのかな」という自己評価が生まれたら、それは最初の反応とは別に、あとから付けた意味です。
これに似た「私はこういう性格だから」というラベルがどのようにできるのかは、自己イメージが作られる仕組みの記事でも扱っています。
どんな場面でも「性格のせい」「共感力のせい」にする前に、実際には何が起きていたのかを見てみると、話が変わることがあります。
あくびを我慢したくなるのも、別の反応
今度は、別の場面です。
仲のよい友人と映画を見ているとき、あくびが出ても笑って終わるかもしれません。ところが、会議中に上司の話を聞いているときだったらどうでしょう。
あくびをしたくなった瞬間、「退屈していると思われる」「失礼に見えるかもしれない」と考えて、口を閉じたり、目立たないようにしたりするかもしれません。
あくびをしたくなることは一次的な身体反応として現れ、そこに「そう見られたら困る」という評価が加わると、反応への反応が起こりえます。ここでいう一次・二次の区分は、そとがわメソッドによる観察の整理であり、伝染性あくび研究でそのまま検証された分類ではありません。
そして、あくびを抑える行動が必要になるのは、単に「あくびは悪い」という絶対的な事実があるからとは限りません。その場でどう受け取られるか、どんな不利益を予測したかが関わります。
とはいえ、マナーや仕事上の配慮が無意味になるわけでもありません。体に出た反応と、その場でどう振る舞うかという責任は区別できます。
同じあくびでも、友達の前と会議室とでは、次に必要になる行動が違う。あくびそのものより、あくびに付く意味のほうが環境に左右される場面もあるわけです。
「聞いた音」が反応を呼ぶことと、注意の向きはどう違う?
あくびの音が聞こえたからといって、周囲の音をすべて同じように聞いているわけではありません。
誰がどこで出した音か、どんなことをしている最中かによって、注意が向くこともあれば、ほとんど気づかないこともあります。
以前の「騒がしい場所でも自分の名前だけ聞こえるのはなぜ?」では、音そのものが存在することと、その音に気づくことを分けて考えました。
伝染性あくびでは、さらに「気づいたあとに自分にもあくびが出るか」という問いが加わります。音が存在する・気づく・身体が反応する。それぞれを分けることで、研究でどの条件を比較しているのかが見えやすくなります。
出来事に、どんな意味が付いたのだろう?
あくびに限らず、私たちは誰かのしぐさを見ると、そこに意味を読み取ることがあります。
話している途中で相手があくびをしたら、「私の話が退屈なのかな」と思う。しかも、自分はその直後に不安になる。
でも、観察できたのは「相手があくびをした」という出来事です。「退屈している」「私が嫌われた」は、その時点では推測です。相手が眠かったのか、別の理由であくびをしたのかは、あくびだけでは確定しません。
もちろん、相手の様子が気になって尋ねたり、話を切り上げたりする判断には意味があります。ただし、一つのしぐさから相手の気持ちを断定することとは区別できます。
このような、観察された出来事と自分の説明が混ざる話については、「思想と事実が混ざるのはなぜ?」の記事でも、別の角度から考えています。
あくびの不思議を調べていたら、いつの間にか「私たちは人の反応を、どんな意味に変えて経験しているのだろう」という話にたどり着く。ここが、ちょっと面白いところです。
気になったら、次に何を観察すると面白い?
今度誰かがあくびをしたとき、無理に自分を観察したり、反応を抑え込んだりする必要はありません。
ただ、もし思い出したら、「あ、見てから私もあくびが出たな」と気づくことがあるかもしれません。出なかったら「今日は出なかった」。それだけでも立派な観察です。
さらに余裕があれば、相手のあくびを見たのか、音だけ聞いたのか、自分は何をしていたのかを比べてみるのも面白そうです。
ただし、日常の一回の出来事だけで、「これは共感の証拠だ」「この人には思いやりがない」と結論づけないこと。観察と診断は違います。
私たちは「なぜそうなった?」と理由を知りたくなります。でも、その理由は最初から反応に書き込まれているわけではありません。
この視点は、あくびの研究から直接そとがわメソッド全体が実証されたという意味ではありません。現象を見ながら、起きたこと・感じたこと・説明したことを分けるという、観察の仕方に接点があるという話です。
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研究・参考資料
- Norscia, I., & Palagi, E. (2011). Yawn contagion and empathy in Homo sapiens. PLoS ONE, 6(12), e28472. 原著・DOI。人間の自然場面の観察で、社会的なつながりと伝染の頻度・時間の関係を検討。
- Norscia, I., Zanoli, A., Gamba, M., & Palagi, E. (2020). Auditory contagious yawning is highest between friends and family members: Support to the emotional bias hypothesis. Frontiers in Psychology, 11, 442. 原著・DOI。見えずに聞こえたあくびへの反応を自然場面で分析。
- Massen, J. J. M., & Gallup, A. C. (2017). Why contagious yawning does not (yet) equate to empathy. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 80, 573–585. レビュー・DOI。共感との関連について研究間の不一致と交絡要因を論じる。
- Franzen, A., Mader, S., & Winter, F. (2018). Contagious yawning, empathy, and their relation to prosocial behavior. Journal of Experimental Psychology: General, 147(12), 1950–1958. 実験研究・DOI。あくびの伝染と共感関連の測定値の関連を報告。
- Poole, K. L., & Henderson, H. A. (2023). Social cognitive correlates of contagious yawning and smiling. Human Nature, 34(4), 569–587. 原著・DOI。動画刺激に対する反応と、特性的共感性・援助行動などを区別して検討。
- Joly-Mascheroni, R., et al. (2025). Chimpanzees yawn when observing an android yawn. Scientific Reports, 15, 18002. 原著・DOI。アンドロイドの動作へのチンパンジーの反応を調べた少数例。
- Boiangiu, R., & Peleg, R. (2026). Reduced contagious yawning in psychiatric disorders: A systematic review of potential social-cognitive mechanisms. Frontiers in Psychiatry, 17, 1879203. 系統的レビュー・DOI。複数の要因と方法上の制約について整理。
- 東京大学(2013)「人からイヌにうつるあくびには飼い主とイヌの絆が重要であることを証明」。イヌと人のあくびに関する日本語の研究発表。
これらの研究は参加者、対象動物、刺激、観察方法、測定する指標が異なります。「あくびは必ずうつる」「うつらない人は共感性が低い」「共感が唯一の原因である」といった結論は支持しません。また、そとがわメソッド独自の理論がこれらの研究によって実証されたわけではありません。
よくある質問
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あくび一つにも、まだ分からないことがある
誰かがふわぁ、とあくびをする。それを見た自分も、つられてふわぁ。
日常ではそこで終わる、ほんの数秒の出来事です。
でも「なぜうつったのか」を考え始めると、目で見ること、音を聞くこと、人間関係、反応の起こり方、そして反応につける意味まで、別々の問いが出てきます。
「共感力が高いから」と一言でまとめるより、どんな条件だと何が起きるのかを見たほうが、人間の仕組みはずっと面白いのかもしれません。
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