完璧主義をやめたいのにやめられないのはなぜ?「失敗が怖い」と感じる仕組み

資料を作り終えた。

誤字も確認したし、内容も間違っていないはず。

でも、提出しようとすると、もう一度確認したくなる。

「何か見落としているかもしれない」

「ここを指摘されたらどうしよう」

「もっと良い書き方があるんじゃないかな」

そうして修正を繰り返しているうちに、予定していた時間を過ぎてしまう。

本当は、そこまで完璧にしなくてもいいと分かっている。

「もっと気楽にやればいい」

「多少の失敗は誰にでもある」

そんなことも、頭では理解している。

それなのに、いざ自分が提出するとなると、どうしても気になってしまう。

あなたにも、もう十分だと思っているのに、なかなか終われなかった経験はありませんか。

もしあるとしたら、そのとき何が気になっていたのでしょう。

資料の完成度でしょうか。

それとも、提出したあとに起きるかもしれない何かでしょうか。

今回は、完璧主義という性格を直す話ではなく、完璧にすることが必要になる仕組みを考えてみます。

目次

完璧主義は、単に「良いものを作りたい」だけではない

完璧主義というと、何でもきちんとしたい人を想像するかもしれません。

細かいところまで気になる。

手を抜けない。

中途半端な状態が落ち着かない。

もちろん、丁寧に仕事をしたいことや、高い目標を持つこと自体は問題ではありません。

実際に、精度が求められる仕事もあります。

ただ、同じように丁寧に作業していても、その理由は人によって違います。

「ここを工夫すると、もっと良いものになるから」

という人もいれば、

「間違いがあったら、評価が下がるかもしれないから」

という人もいるでしょう。

外から見ると、どちらも真面目に取り組んでいるように見えます。

でも、その人の中で起きていることは、同じとは限りません。

前者は、完成度を高めることそのものに関心が向いているかもしれません。

後者は、完成度を高めることで、何か嫌な結果を避けようとしているのかもしれません。

ここで考えたいのは、完璧にしようとしている行動そのものではなく、なぜ、その完成度が必要になったのかということです。

失敗すると、何が起きると思っている?

たとえば、仕事で資料を提出する場面です。

一度目の確認を終えました。

二度目の確認も終えました。

それでも、もう一度見直したくなる。

「もし間違っていたら?」

その先を少し考えてみます。

「上司に指摘されるかもしれない」

「仕事ができないと思われるかもしれない」

「信用されなくなるかもしれない」

「次から仕事を任せてもらえないかもしれない」

そんな予測が続いていたとしたらどうでしょう。

最初は、資料に間違いがないか確認していたはずです。

でも、途中から、自分の評価や今後の人間関係まで気になっているかもしれません。

資料の誤字と、信用を失うことは、同じ出来事ではありません。

けれど、頭の中では一つのつながった問題として感じられることがあります。

すると、「間違えないようにする」という行動が、単なる品質管理ではなく、自分の評価を守るために必要なものになるかもしれません。

失敗を避けたいとき、本当に避けたいのは失敗そのものなのでしょうか。

それとも、失敗したあとに起きると思っていることなのでしょうか。

まだ起きていない出来事に、すでに反応している

ここで、実際に起きていることを見てみます。

資料はまだ提出していません。

上司から指摘も受けていません。

評価が下がったという知らせもありません。

それでも、

「間違っていたらどうしよう」

と考えた瞬間に、胸が落ち着かなくなることがあります。

肩に力が入ったり、手が止まったりするかもしれません。

まだ起きていない未来を想像しているのに、今ここで身体や感情が反応している。

そして、その反応が嫌だから、もう一度確認する。

確認して問題がなければ、少し安心するかもしれません。

でも、時間がたつと、また別の見落としが気になる。

そうすると、再び確認が必要になる。

このようなとき、確認という行動は、間違いを探すためだけでなく、不安を和らげるためにも使われている可能性があります。

だから、「もう十分に確認した」と頭で分かっていても、なかなか終われない場合があるのです。

「ちゃんとすれば問題は起きない」と思うほど、確認とルールが増えていく理由でも、こうした確認が増えていく流れを扱っています。

完璧にしても、安心が続かないことがある

では、十分な時間をかけて、納得できる資料が完成したとします。

提出して、特に何も指摘されなかった。

そのときは安心できるかもしれません。

「よかった。今回は大丈夫だった」

でも、次に資料を作るときにはどうでしょう。

前回と同じように、何度も確認する必要を感じるかもしれません。

なぜなら、前回うまくいった理由を、

「何度も確認したから、問題が起きなかった」

と考えている場合があるからです。

もちろん、確認によって間違いを防げた可能性はあります。

確認は必要な仕事の一部でもあります。

ただ、「確認を十分にしないと問題が起きる」という考えが強くなっていると、次回も確認を減らしにくくなるかもしれません。

無事に終わった経験が、かえって「やっぱり完璧にしておく必要がある」という考えを支えることもあるのです。

こう考えると、完璧を目指すことがいつも安心につながるとは限らないことが見えてきます。

「80点でいい」と言われても、できない理由

完璧主義に対するアドバイスとして、

「まずは80点で出そう」

「失敗しても大丈夫」

「完璧を目指さなくていい」

といった言葉があります。

こうした考え方で作業が楽になるなら、もちろん使って構いません。

でも、そもそも本人の中で、

「間違えたら信用を失う」

という現実が出来上がっていたらどうでしょう。

その人にとって80点で提出することは、単に品質を少し下げることではないかもしれません。

自分の評価を危険にさらす行動のように感じられる可能性があります。

だとしたら、「80点でいい」という知識を増やしても、実際の場面では難しいことがあります。

それは、知識が足りないからとは限りません。

何が危険なのかという判断が、まだ同じように働いている可能性があるからです。

そとがわメソッドでは、こうしたときに、無理に80点で提出できる人になろうとする前に、何を避けるために完璧が必要なのかを見ることができます。

完璧主義をやめられない自分まで、問題になる

完璧主義をやめたいと思って、いろいろな方法を試すこともあるでしょう。

作業時間に制限をつける。

確認する回数を決める。

多少の間違いを受け入れる練習をする。

それで行動が変わる場合もあります。

ただ、思うように変わらないと、

「また細かいことを気にしている」

「こんなことだから仕事が遅いんだ」

「もっと柔軟な考え方ができるようにならなきゃ」

と、自分を責めることがあります。

もともとは、仕事で失敗しないようにしていた。

ところが今度は、完璧主義をやめられない自分が問題になっている。

最初の不安に加えて、「変われない自分はダメだ」という判断まで生まれているかもしれません。

すると、完璧主義をやめること自体が、新しい合格基準になってしまいます。

これも、そとがわメソッドで見る二つ目の反応の一つです。

「確認している自分」の中で起きていること

ここで、最近何かを何度も確認した場面を一つ思い出してみてください。

仕事の書類でも、送信するメッセージでも、家を出る前の持ち物でも構いません。

そのとき、最初に何が気になったのでしょうか。

そして、もう一度確認しなかったら、どんなことが起きると思ったのでしょうか。

たとえば、上司にメールを送る場面なら、

メールを書いた。

「この表現は失礼かもしれない」と思った。

「失礼な人だと思われるかもしれない」と予測した。

緊張した。

表現を何度も書き直した。

そんな流れがあるかもしれません。

ここでは、メールの文章そのものと、「失礼な人だと思われる」という予測は別です。

その予測は、実際に相手から伝えられたものではないかもしれません。

もちろん、仕事には守るべきマナーや正確性があります。

現実にミスを防ぐ必要もあるでしょう。

ただ、必要な確認と、予測によって終わらなくなった確認が、混ざっていることもあります。

その違いを、無理に判断する必要はありません。

まずは、その場で自分の中に何が起きているのかを見ることができます。

完璧にしなければ、何を失うのでしょう?

もう少しだけ、考えてみましょう。

「ここまでやらないと不安」

と思ったとき、

その不安は、何が足りないと教えているのでしょうか。

確認の回数でしょうか。

知識でしょうか。

準備でしょうか。

それとも、「絶対に失敗しない」という保証でしょうか。

もし必要なのが絶対に失敗しない保証だとしたら、どれだけ準備しても、完全には手に入らないかもしれません。

他人がどう評価するかも、未来に何が起きるかも、自分だけでは決められないからです。

それでも、保証がないと危険だと感じられるなら、準備を増やし続ける必要が生まれることがあります。

ここで見たいのは、「保証を求めるのは間違いだ」ということではありません。

自分の中で、何を確実にしておく必要が生まれているのかという仕組みです。

ちゃんとできているのに何度もやり直してしまう|「これでいい」と終われないのはなぜ?では、完成したあとにもやり直しが続く場面を扱っています。

完璧を目指しても、目指さなくてもいい

完璧を目指すことが悪いわけではありません。

丁寧に仕上げたいときには、時間をかけてもいい。

高い品質が必要なら、そのために確認してもいい。

一方で、多少の不完全さが許される場面では、そのまま提出する選択もあります。

そとがわメソッドが目指しているのは、完璧主義をなくすことではありません。

自分にとって、なぜ完璧である必要が生まれているのか。

その仕組みを知ることです。

「失敗したら信用を失う」

と感じられるとき、それが今の自分にとっての現実になっていることがあります。

でも、実際に起きた出来事と、そこから予測した未来は同じではありません。

その違いが見えれば、自分がどこまで確認したいのか、何を相手に確認するのか、どこで作業を終えるのかを、改めて選ぶ余地が生まれます。

完璧にしなければならない仕組みを知りたい方へ

間違えないようにしたい。

失敗したくない。

指摘されたくない。

その気持ちがあること自体を、否定する必要はありません。

ただ、実際には何が起きていて、どんな結果を予測し、そのために何をする必要が生まれているのでしょう。

そとがわメソッドの無料講座では、出来事とそこについた意味や予測、身体や感情の反応、そこから生まれる行動を分けながら、自分が経験している現実の仕組みを説明しています。

よくある質問

Q. 完璧主義は生まれつきの性格ですか?

生まれ持った気質や、これまでの経験、育ってきた環境などが関係する可能性があります。

ただし、完璧主義の現れ方は場面によって違うこともあります。この記事では、性格だけで説明するのではなく、その場で何が必要になっているのかを見ています。

Q. 完璧主義をやめるには、80点で満足する練習をした方がいいですか?

その方法で楽になる場合はあります。

一方、80点で提出することを危険だと感じている場合には、方法を知っていても実行しにくいことがあります。

そのとき、何を予測しているのかを見てみる余地があります。

Q. ミスが許されない仕事でも、完璧を目指さなくていいのでしょうか?

仕事に必要な正確性や安全確認は、当然考慮する必要があります。

この記事は、必要な確認を減らすことを勧めるものではありません。

求められる品質や確認手順と、自分の中で追加されている不安や予測を分けて考えることができます。

Q. 完璧主義による確認がどうしても止まらない場合は?

確認が長時間続き、生活や仕事に大きな支障が出ている場合には、専門家に相談することも選択肢です。

繰り返し確認する行動にはさまざまな背景があり、すべてを完璧主義だけで説明できるわけではありません。

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まずは無料講座から

完璧にしなければならない。

失敗してはいけない。

間違ったら大変なことになる。

そんな感覚が生まれたとき、自分の中では何が起きているのでしょう。

実際の出来事。

そこから加わった意味。

未来についての予測。

身体や感情の反応。

そして、その結果として必要になった行動。

これらは普段、一つの現実として経験されることがあります。

そとがわメソッドでは、その仕組みを分けて見ていきます。

完璧主義をやめられる人になるためではなく、今まで当然だと思っていた必要性を、改めて見るための入口です。

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この記事を書いた人

そとがわメソッド開発者。心理学・自己啓発・潜在意識などを学んでも自己否定が終わらなかった自身の経験から、「自分を変える前に、何が起きているのかを見る」そとがわメソッドを開発。著書『自分を否定しない練習』。
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