内観しても変わらないのはなぜ?

目次

内観しても変わらないのはなぜ?

自分の気持ちを見てきた。

なぜそう感じるのかも考えてきた。

ノートに書いた。

感情を掘り下げた。

自分の本音を探した。

過去の出来事も振り返った。

昔より、

自分のことはかなり分かるようになった。

「私はこういうときに不安になる」

「人に嫌われるのが怖い」

「期待に応えようとしすぎる」

「本当は怒っていた」

そんなことにも、

気づけるようになった。

それでも、

実際の場面になると、

また同じ反応が起きる。

相手の機嫌を気にする。

断れない。

考えすぎる。

自分を責める。

すると、

「まだちゃんと自分と向き合えていないのかな」

「もっと深いところに原因があるのかな」

「もっと内観しないと変われないのかな」

と思うことがあります。

でも、

すでにたくさん自分の内側を見てきたのに終わらないなら、

次に必要なのは、

さらに深く掘ることとは限りません。

「なぜ私はこうなのか」ではなく、

「この場面では、実際に何が起きていたのか」

を見る余地があります。

内観すると、自分の中にあるものはよく見える

内観には、

大きな意味があります。

自分が何を感じているのか。

何を怖がっているのか。

本当は何を嫌だと思っているのか。

何を望んでいるのか。

普段は気づかなかったものが、

見えることがあります。

それまで、

ただ「苦しい」だったものが、

「悲しかった」

「怖かった」

「本当は断りたかった」

「認めてほしかった」

と、

言葉になる。

自分の中で起きていることが分かるだけでも、

以前とは違います。

ただ、

ここで一つ分けたいことがあります。

自分の中に何があるか分かることと、
その反応がこの場面でどう成立したのかを見ることは、同じではありません。

「私は不安なんだ」と分かっても、まだ見るものがある

たとえば、

友人から返信が来ない。

内観して、

「私は不安なんだ」

と気づく。

さらに、

「嫌われるのが怖いんだ」

と分かる。

そこまで見えることには意味があります。

でも、

その場で実際に起きていたことを、

もう少し分けることもできます。

実際に起きたのは、

返信がまだ来ていないこと。

そこから、

「何か悪いことを言ったかもしれない」

と思った。

さらに、

「嫌われるかもしれない」

「関係が悪くなるかもしれない」

と感じた。

不安になった。

何度もスマホを確認した。

そして最後に、

「こんなことで不安になる自分は面倒だ」

と自分まで責めた。

こうして見ると、

一つの「不安」の中にも、

いくつか別のことが入っています。

だから、

「私は不安を感じている」

と分かったところから、

さらに深い感情を探すだけが、

次の見方ではありません。

「もっと奥に本当の原因がある」とは限らない

内観を続けていると、

苦しさが残るたびに、

「まだ奥に原因がある」

と思うことがあります。

嫌われるのが怖い。

なぜ?

見捨てられるのが怖いから。

なぜ?

自分に価値がないと思っているから。

なぜ?

さらにその奥へ。

こうした探索によって、

大きな気づきが起きることもあります。

ただ、

苦しい反応が出るたびに、必ず一番深い原因までたどり着かなければならないわけではありません。

今回、

何が起きたのか。

それを、

自分は何だと受け取ったのか。

そのあと、

何が起きると思ったのか。

現実には、

どんな条件があったのか。

目の前の場面を見るだけでも、

分かることがあります。

原因を深く探すほど、自分の中だけを見ることがある

たとえば、

誰かに強い言い方をされた。

傷ついた。

ここから、

「なぜ私はこんなに傷ついたんだろう」

と自分を見ることができます。

それ自体は悪くありません。

でも、

ずっと自分の内側だけを見ると、

別のものを見落とすことがあります。

相手の言い方は、

実際にきつくなかったか。

その要求は、

無理なものではなかったか。

同じことが何度も起きていないか。

自分だけが負担していないか。

その環境自体に問題はないか。

傷ついた理由が、

必ず自分の過去や思い込みだけにあるとは限りません。

現実に嫌なことが起きているから、嫌だった

ということもあります。

「私の何がこれを起こしている?」だけでは足りないことがある

自分と向き合うことを続けていると、

問題が起きたとき、

自分の中から原因を探すことが上手くなります。

なぜ私は反応した?

どんな思い込みがある?

何を手放せていない?

自分のどこを変えればいい?

でも、

出来事には、

自分以外のものも関わっています。

相手。

環境。

役割。

立場。

タイミング。

体力。

お金。

現実的なリスク。

だから、

「自分の内側の何が原因か」

だけでなく、

実際には何が起きていて、その中で自分はどう受け取ったのか

を分ける必要があります。

内観しているつもりでも、最初の結論を事実にしていることがある

たとえば、

何か失敗した。

その瞬間、

「私はダメだ」

と思った。

そこから、

「なぜ私はダメなんだろう」

と深く考える。

すると、

最初から、

「私はダメ」が事実

として置かれています。

そして、

その理由を探します。

子どもの頃の経験?

自己肯定感?

承認欲求?

思い込み?

でも、

一度、

「今、自分をダメだと判断した」

と見ることもできます。

すると、

「私はダメ」の理由を探す前に、

そもそも、

なぜ今回の出来事が、

「私はダメ」

まで広がったのかを見ることができます。

「嫌われた」と「嫌われたと思った」は違う

同じことは、

人間関係でも起きます。

相手の返事が短かった。

「嫌われた」

と思った。

そのまま、

「なぜ私は嫌われるのが怖いの?」

と内観することもできます。

でも、

その前に、

実際に確認できるのは、

「返事が短かった」

ところまでかもしれません。

そこから、

「嫌われた」

という意味がついた。

ここを分けると、

見る場所が変わります。

「嫌われた自分」について掘る前に、

返事が短いことが、なぜ自分の中で『嫌われた』になったのか

を見ることができます。

「嫌われていない」と言い聞かせるわけではありません。

本当に嫌われている可能性を否定するわけでもありません。

ただ、

起きたことと、

そこから自分が受け取ったことを、

一度分けます。

大きな気づきがあっても、また反応することはある

内観をしていると、

とても大きな気づきが起きることがあります。

「私はずっと嫌われるのが怖かったんだ」

「本当は怒っていたんだ」

「認めてほしかったんだ」

「あのとき本当は嫌だったんだ」

その瞬間、

かなり腑に落ちる。

これで変われる気がする。

でも、

数日後、

同じような場面で、

また不安になる。

また断れない。

また人の顔色を見る。

すると、

「せっかく気づいたのに」

「まだ足りない?」

となる。

でも、

気づいたことと、その反応が二度と出なくなることは同じではありません。

気づきが間違っていたとも限りません。

今回の場面では、

今回の条件で、

また反応が起きただけかもしれません。

また反応したからといって、さらに奥を探さなくてもいい

前に、

「私は嫌われるのが怖いんだ」

と気づいた。

でも、

また不安になった。

すると、

「じゃあ本当の原因はもっと奥にあるのかも」

となりやすくなります。

でも、

毎回さらに深い答えを探さなくても構いません。

今回は、

誰との間で起きた?

何を言われた?

どんな状況だった?

何が起きると思った?

現実にどんなリスクがあった?

前回と、

本当に同じだった?

同じ「不安」でも、

場面によって成立する条件は違うことがあります。

だから、

反応が出るたびに、

「まだ見つけていない本当の原因」

を探し続ける必要はありません。

「自分と向き合う」が、自分の監視になることもある

自分を見る習慣が増えると、

常に自分をチェックすることがあります。

今の感情は何?

本音はどっち?

これは思い込み?

また他人軸?

まだ執着してる?

ちゃんと自分を大切にできてる?

内観そのものが、

悪いわけではありません。

ただ、

それが、

自分の中に問題が残っていないかを監視すること

へ変わっている場合があります。

そして、

何か反応が見つかるたびに、

「まだここも直せていない」

となる。

すると、

自分を見ることが、

自分を休ませない作業になります。

深く見ることと、正確に見ることは同じではない

もっと深く。

もっと奥へ。

もっと本音へ。

そうしていくことが必要なときもあります。

でも、

深ければ深いほど、

必ず正しいとは限りません。

今必要なのが、

昔の出来事を探ることではなく、

単に相手へ確認することかもしれない。

休むことかもしれない。

仕事の条件を変えることかもしれない。

断り方を知ることかもしれない。

距離を取ることかもしれない。

大切なのは、

どれだけ深く自分を見たかではなく、今の問題がどこで起きているのか

です。

現実に問題があるなら、内観だけで解決しなくてもいい

たとえば、

ある人といると、

いつも強く緊張する。

そこで、

「なぜ私はこの人を怖がるんだろう」

と内観する。

でも、

その人が実際に、

怒鳴る。

威圧する。

無視する。

気分で態度を変える。

そんな相手なら、

警戒することには現実的な理由があります。

この場合、

必要なのは、

「もっと怖がらない自分になること」

だけではありません。

距離を取る。

相談する。

接触方法を変える。

環境を変える。

そういう選択もあります。

自分の反応を見ることと、

現実に対応することは、

両立します。

「もっと深く分かれば楽になる」を新しい達成条件にしなくてもいい

内観しても苦しさが残ると、

「まだ十分に理解できていない」

と思うことがあります。

でも、

人は、

自分のことを全部説明できるわけではありません。

一つの原因ですべての反応が説明できるとも限りません。

分からないことが残ることもあります。

それでも、

今回の場面で、

何が起きたか。

自分がどう受け取ったか。

現実に何ができるか。

そこまで分かれば、

次の行動を選べることがあります。

すべての原因を見つけてからでなければ動けないわけではありません。

今日見るなら、「なぜ?」より「何があった?」

次に、

何か反応が起きて、

「もっと内観しないと」

と思ったとき。

すぐに、

「なぜ私はこうなの?」

と掘り始める前に、

一つだけ見てみてください。

「その瞬間、実際には何があった?」

相手は、

何を言った?

何をした?

自分は、

それを何だと受け取った?

そのあと、

何が起きると思った?

現実に、

対応が必要なことはある?

ここまで見てから、

さらに内側を見る必要があるかを考えても構いません。

内観しても変わらないなら、さらに内側へ行く前に「今」を見る

自分の感情を見てきた。

本音も探してきた。

過去も振り返った。

自分について、

かなり分かるようになった。

それでも、

同じところで苦しくなる。

そんなとき、

さらに奥の原因を探すことだけが、

次の一手ではありません。

今回、

実際に何が起きたのか。

そこに、

どんな意味がついたのか。

何が起きると思ったのか。

どんな反応が出たのか。

現実には、

どんな条件があったのか。

それを、

一つずつ分けて見る。

すると、

「もっと自分を掘らなければ」

とは違うところから、

今の苦しさを見ることができます。

そとがわメソッドでは、

自分の内側に、

一つの「本当の原因」を探し当てることを目的にはしません。

今の出来事と、

そこで起きている反応を分け、

なぜその場でその反応や行動が必要になったのかを見ていきます。

無料講座0時間目「分かっているのに、やめられない理由」では、

自分についてかなり考えてきたのに、

同じ反応へ戻ってしまうとき、

さらに自分を掘る前に何を見るのかを解説しています。

→ 無料講座0時間目

もっと深い自分を探すためではなく、今の出来事の中で何が起きているのかを見られるようになるための入口としてご覧ください。


よくある質問

内観はしない方がいいのでしょうか?

いいえ。

自分の感情や本音に気づくことで、

それまで見えていなかったことが分かる場合があります。

ただ、

何か反応が出るたびに、

必ずさらに深い原因を探す必要があるとは限りません。

原因は過去にあるのではないですか?

過去の経験が、

現在の反応に関係することはあります。

ただ、

現在の反応がすべて過去だけで決まるとは限りません。

今の相手、

環境、

立場、

体調なども関わります。

今何が起きているのかを見ることと、

過去を見ることは両立できます。

本当の原因まで分かれば、反応はなくなりますか?

必ずとは限りません。

原因だと思えるものが見つかっても、

同じ反応が出ることはあります。

また、

一つの反応に一つだけの原因があるとも限りません。

反応が出なくなることだけを、

理解できた証拠にする必要はありません。

内観と、そとがわメソッドの観察は何が違うのですか?

重なる部分もあります。

大きな違いの一つは、

自分の感情や原因をさらに深く探すことだけではなく、

実際に起きた出来事と、自分の中でそこに載った意味や予測、反応を分けて見ること

です。

自分の内側だけに原因を求めず、

相手や環境など現実側の条件も含めて見ます。


関連記事

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もう少し、自分の中で起きていることを見てみたい方へ

内観を続けて、
自分の感情や過去のことをたくさん見てきた。

それでも、
日常の具体的な場面ではまた同じ反応へ戻ってしまう。

そんなときは、

さらに「本当の原因」を探す前に、

今、この出来事の中で何が起きているのか

を見てみることもできます。

そとがわメソッドの無料講座では、

出来事。
そこについた意味や予測。
反応。
その反応に対してさらに起きること。

そして、

なぜ、その反応が必要になっているのか。

を順番に分けながら見ていきます。

内観で得てきた気づきを捨てる必要はありません。

今まで学んできたものを、一枚の地図で見てみませんか。

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この記事を書いた人

そとがわメソッド開発者。心理学・自己啓発・潜在意識などを学んでも自己否定が終わらなかった自身の経験から、「自分を変える前に、何が起きているのかを見る」そとがわメソッドを開発。著書『自分を否定しない練習』。
詳しいプロフィールはこちら

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