自己理解しても苦しいのはなぜ?
昔より、
自分のことは分かるようになった。
どんなときに不安になるのか。
どんな相手の前で人の目が気になるのか。
どんな場面で我慢しやすいのか。
何をされると傷つきやすいのか。
自分の傾向やパターンも、
かなり言葉にできる。
「私はこういうところがある」
「こういうときに反応しやすい」
以前より、
ずっと説明できるようになった。
それでも、
苦しさが終わらない。
むしろ、
自分のことが分かるようになったからこそ、
「またこのパターンだ」
「やっぱり私は人の目を気にする」
「また自分を後回しにしている」
と、
自分の問題まで、
前よりよく見えるようになった。
そして、
「ここまで自分のことが分かっているのに、どうして変わらないんだろう」
と思う。
だとしたら、
次に必要なのは、
さらに詳しい「自分の説明」を増やすことではないのかもしれません。
見るのは、
自分について分かったことを、今どう扱っているか
です。
自己理解が進むと、「自分についての説明」が増える
自己理解を始める前は、
ただ、
「なんか苦しい」
「なんでいつもこうなるんだろう」
だったことがあります。
でも、
自分を見ていくと、
少しずつ分かってきます。
私は、
頼まれると断りにくい。
相手が不機嫌だと気になる。
失敗すると長く引きずる。
期待されると頑張りすぎる。
人からどう思われるかを気にしやすい。
こうして言葉にできると、
それまでバラバラに見えていた出来事が、
整理されます。
「ああ、私はこういう場面で苦しくなりやすいんだ」
と分かる。
これは、
自己理解の大きな利点です。
ただ、
ここから先で、
別のことが起きる場合があります。
「分かった」が、「私はこういう人」に変わることがある
たとえば、
何度か人の顔色を気にした。
そこから、
「私は人の目を気にしやすい」
と分かった。
さらに、
「私は人の目を気にする人」
になる。
何度か断れなかった。
「私は断るのが苦手」
と分かった。
さらに、
「私は断れない人」
になる。
ある場面で起きた反応について分かったことが、
いつの間にか、
自分そのものの説明
になることがあります。
すると、
次に同じ反応が出たとき、
「やっぱり私はこういう人なんだ」
という確認にもなります。
自分を理解するためにつけた説明が、
自分を固定する説明へ変わることがあります。
自分のパターンが見えるほど、「また」が増える
自己理解が進むと、
反応にも気づきやすくなります。
相手の顔色を見た瞬間、
「あ、またやってる」
無理して引き受けたあと、
「また自分を後回しにした」
不安になったとき、
「またいつものパターン」
以前なら、
ただ反応して終わっていたものが、
途中で見えるようになっています。
これは、
以前と同じではありません。
ところが、
気づいたあと、
「なのにまたやった」
が入ることがあります。
すると、
気づけるようになったことまで、変われていない証拠として使われる
ようになります。
自己理解が増えたのに、
苦しくなる理由の一つです。
「分かったなら変えられるはず」と思うと苦しくなる
自分の傾向が分かった。
なぜそうなるのかも、
なんとなく分かっている。
すると、
次に、
「もう分かってるんだから、今度は変えられるはず」
と思うことがあります。
私は、
期待されると無理をしやすい。
分かった。
だから、
次は無理しないはず。
私は、
人の機嫌を自分のせいだと思いやすい。
分かった。
だから、
次は気にしないはず。
でも、
実際の場面では、
また反応する。
すると、
「自分のことは分かっているのに」
「なんでまた同じことするの?」
となります。
でも、
自分の傾向を説明できることと、その場で別の行動を選べることは別です。
知っているだけでは、
その瞬間に起きることまで消えるとは限りません。
「自分の特徴」が、その場で起きたことを隠す場合もある
たとえば、
職場で断れなかった。
そこで、
「私は断るのが苦手だから」
と説明する。
説明としては、
間違っていないかもしれません。
でも、
それだけで終わると、
今回の場面で何が起きていたのかは見えません。
誰から頼まれたのか。
何を頼まれたのか。
断ったら何が起きると思ったのか。
その相手との関係はどうだったのか。
現実に断りにくい条件はなかったのか。
同じ「断れない」でも、
場面によって違います。
「私は断れない人」
という説明が強くなると、
こうした違いを見ずに、
全部を同じ自分の特徴としてまとめてしまうことがあります。
ここまで読んで、
「自分についてはかなり分かっているけど、その説明の中に自分を入れていたかもしれない」
と思った方は、無料講座0時間目から自分の反応の仕組みを見てみてください。
さらに自分を分析するためではなく、「私はこういう人」の中でまとめていたものを、実際の出来事から見直すための入口です。
「私はこういう人」と分かることが、安心になることもある
自分について説明できるようになると、
安心することがあります。
「私はこういうタイプだから、これが苦しかったんだ」
「だから今まで上手くいかなかったんだ」
それまで、
理由が分からなかったものに、
説明がつくからです。
これは悪いことではありません。
自分を責めなくて済むこともあります。
ただ、
一度できた説明を、
その後のすべての出来事にも当てはめ続けると、
今度は、
その説明から外れたものが見えにくくなることがあります。
「私はこういう人」
ではなく、
「今回は何が起きていた?」
と見る余地を残しておく。
それだけでも、
自己理解の使い方が変わります。
自己理解が「改善点探し」になると終わりがなくなる
自分を理解し始めた理由は、
楽になりたかったからかもしれません。
人間関係を変えたかった。
同じことで悩みたくなかった。
自分をもっと扱いやすくしたかった。
ところが、
自分のことが分かるほど、
改善点も見えるようになることがあります。
ここは人を気にしすぎる。
ここは我慢しすぎる。
ここは考えすぎる。
ここは怖がりすぎる。
ここは期待に応えようとしすぎる。
そして、
「次はここを直そう」
となる。
一つ直したら、
また別のところが見える。
すると、
自己理解が、
自分の中から修正箇所を探し続ける作業
になることがあります。
これでは、
自分を知れば知るほど、
「まだ完成していない自分」
も増えていきます。
「自分を知る」と「自分を直す」は同じではない
自分について、
何か分かった。
だから、
そこを直さなければならない。
必ずしも、
この二つはセットではありません。
「私はこの場面で不安になりやすい」
と分かった。
そのあと、
必ず、
「不安にならない自分」
を作らなければならないわけではありません。
「この相手には断りにくい」
と分かった。
そこで初めて、
なぜ断りにくいのかを見ることもできます。
本当に断る必要があるのか。
別の言い方をするのか。
条件をつけるのか。
今回は引き受けるのか。
距離を変えるのか。
分かったことを、
すぐに修正対象にしなければ、
選択肢が残ります。
自分の傾向より、「この場面」を見る
「私は人の目を気にしやすい」
これは、
これまでの自分を説明する一つの言葉です。
でも、
実際には、
誰の目でも同じでしょうか。
友人なら平気。
でも、
上司には強く反応する。
知らない人なら気にならない。
でも、
家族には気になる。
ある職場では苦しかった。
別の環境ではそれほどでもなかった。
もし違いがあるなら、
「人の目を気にする人」
だけでは、
説明しきれません。
どんな条件になると、その反応が出るのか。
こちらを見ることで、
自分という大きな説明ではなく、
実際に起きていることへ近づけます。
過去の自分まで、今の理解で採点しなくてもいい
自己理解が進むと、
昔のことまでよく見えるようになります。
「あのときも我慢してたんだ」
「あのときも人に合わせてた」
「あの関係でも同じことしてた」
気づきが増える。
でも、
そこから、
「なんであのとき気づかなかったんだろう」
「もっと早く自分を理解していれば」
と、
過去の自分を責めることがあります。
今は、
以前より情報があります。
言葉もあります。
経験もあります。
だから、
今見えることが、
昔の自分にも同じように見えていたとは限りません。
今の理解を、
過去の自分を採点する材料にしなくても構いません。
自己理解しても、嫌なものが嫌でなくなるとは限らない
自分のことを理解できたら、
苦しさもなくなる。
そう期待することがあります。
でも、
理由が分かっても、
嫌なものは嫌なことがあります。
怖いものは怖い。
傷つくこともある。
不安になることもある。
自己理解が進んだからといって、
人としての反応まで全部消えるとは限りません。
だから、
また反応したことを、
「理解が足りない証拠」
にしなくてもいい。
大切なのは、
反応が出たあと、
それをどう見るかです。
同じ反応が出ても、「自己理解が無駄だった」とは限らない
また人の目を気にした。
また我慢した。
また断れなかった。
すると、
「こんなに自分を理解してきたのに」
と思う。
でも、
以前は、
ただ苦しくなって、
「自分が弱いから」
と思っていた。
今回は、
「この相手だと、嫌われることがかなり大きな問題になるんだな」
と見えた。
以前は、
「私は断れない人」
で終わっていた。
今回は、
「この条件では断りにくい」
と分けられた。
同じ反応が出ても、
自分への見え方まで全部同じとは限りません。
自分を理解することから、起きていることを理解することへ
「私はどんな人?」
という問いは、
自己理解を深めるために役立ちます。
でも、
そこまでやっても苦しいなら、
少し問いを変えることができます。
私は、
なぜこういう人なの?
ではなく、
この場面では、何が起きている?
相手は何をした?
自分はどう受け取った?
そのあと何が起きると思った?
どんな反応が出た?
その中で、
何をした?
そして、
その自分をどう判断した?
自分そのものを説明するより、
一つの出来事を見る。
すると、
「私はこういう人」
という大きな説明では見えなかった違いが、
見えてくることがあります。
今日見るなら、「私はこういう人」のあとにもう一つ
次に、
自分について、
「私はこういう人だから」
と思ったとき。
その説明を否定する必要はありません。
ただ、
そのあとに一つだけ足してみてください。
「今回は、何があってこうなった?」
私は断れない人。
ではなく、
今回は誰に、
何を頼まれて、
何が起きると思った?
私は人の目を気にする人。
ではなく、
今回は誰にどう思われることが、
なぜ気になった?
私は考えすぎる人。
ではなく、
今回は何を分かるまで考えようとしていた?
「自分についての答え」から、
「この出来事で起きたこと」へ戻す。
そこが入口です。
自己理解しても苦しいなら、さらに自分を説明する前に
昔より、
自分のことはかなり分かるようになった。
自分の特徴。
反応しやすい場面。
繰り返すパターン。
それでも、
苦しさが残っている。
そんなとき、
さらに細かい、
「本当の自分の説明」を探さなくても構いません。
これまで分かったことを、
一度、
自分を固定する説明から外してみる。
「私はこういう人」
ではなく、
「この場面では、こういうことが起きた」
と見る。
そして、
その反応が、
なぜその場で必要になったのかを見る。
そとがわメソッドでは、
自分を詳しく分類して完成させることを目標にはしません。
自分に起きていることを、
自分そのものと一つにせず、
その場の仕組みとして見ていきます。
無料講座0時間目「分かっているのに、やめられない理由」では、
自分のパターンを分かっているのに、
実際の場面ではまた同じ反応へ戻るとき、
「もっと自分を分析する」以外の見方を解説しています。
「自分はどんな人か」という答えを増やすためではなく、自分の実際の出来事の中で何が起きているのかを見られるようになるための入口としてご覧ください。
よくある質問
自己理解は意味がないのでしょうか?
いいえ。
自分の傾向や反応を言葉にできることで、
それまで分からなかったことが整理される場合があります。
ただ、
分かったことを、
そのまま「直すべき自分」や「自分そのもの」にしなくてもいい、
ということです。
「私はこういう人」と考えない方がいいですか?
考えても構いません。
自分の傾向を説明するのに、
便利なこともあります。
ただ、
その説明だけで、
毎回の出来事まで決めてしまわないことです。
「私はこういう傾向がある」と、
「今回は何が起きたか」は、
両方見ることができます。
自分のパターンが分かれば、変えた方がいいのでは?
変えたいことがあれば、
変えることもできます。
ただ、
パターンを見つけた瞬間に、
必ず修正対象にする必要はありません。
まず、
なぜその場でその反応が出ているのかを見ることで、
別の選択肢が見える場合があります。
また同じパターンが出たら、自己理解が進んでいないということですか?
そうとは限りません。
同じ反応が出ても、
その場の条件が見えるようになることがあります。
自分への評価が変わることもあります。
同じ反応が出たことだけを、
「全部元通り」の証拠にする必要はありません。
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自分の性格や傾向。
思考の癖。
過去の経験。
いろいろ分かるようになった。
それでも、
「だから私はこうなんだ」
「ここを直さないと」
と、
自分についての説明や改善点ばかりが増えてしまうことがあります。
そんなときは、
「私はこういう人」と結論づける前に、今この場面で何が起きているのか
を見てみることもできます。
そとがわメソッドの無料講座では、
出来事。
そこについた意味。
反応。
その反応に対してさらに起きること。
そして、
なぜ、その反応が必要になっているのか
を順番に分けて見ていきます。
自己理解をやめる必要も、
今まで学んできたことを捨てる必要もありません。
それぞれが見ていたものを、一枚の地図で見てみませんか。

そとがわメソッド開発者。心理学・自己啓発・潜在意識などを学んでも自己否定が終わらなかった自身の経験から、「自分を変える前に、何が起きているのかを見る」そとがわメソッドを開発。著書『自分を否定しない練習』。
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