「もっと自分らしく生きたい」
「人の目を気にせず、ありのままの自分でいたい」
「本当の自分を取り戻したい」
こんな言葉を聞いたことはありませんか。
あるいは、自分でもそう思ったことがあるかもしれません。
周りに合わせてしまう。
思っていることを言えない。
本当は別のことをしたいのに、期待されている方を選んでしまう。
そんな経験が続くと、
「もっとありのままの自分で生きられたらいいのに」
と思うことがあります。
それは、とても自然な願いのように感じられます。
でも、ここで一つ、不思議なことがあります。
「ありのままの自分になりたい」というとき、今ここにいる自分は、いったい何なのでしょうか。
今の自分は、まだ本当の自分ではないのでしょうか。
何かが変わったら、初めてありのままの自分になるのでしょうか。
今回は、「ありのままの自分」という言葉に、いつの間にかどんな意味を加えているのかを考えてみます。
「ありのままの自分」と聞いて、何を想像しますか?
まず、少し考えてみてください。
あなたにとって「ありのままの自分」とは、どんな状態でしょうか。
人に遠慮せず、好きなことをしている自分。
自分の気持ちを素直に伝えられる自分。
誰かと比べず、自分に自信を持っている自分。
失敗しても落ち込まず、堂々としている自分。
そんな姿を思い浮かべるかもしれません。
もちろん、どれも素敵な状態だと思う人がいるでしょう。
ただ、ここで注目したいことがあります。
今、思い浮かべたものは、すでにそうなっている自分でしょうか。
それとも、これからなりたい自分でしょうか。
もし、これからなりたい姿を想像していたとしたら、その姿は「ありのまま」というより、理想の自分に近いのかもしれません。
ここで理想を持つことが悪いという話ではありません。
ありのままの自分を探していたはずなのに、いつの間にか理想の自分を探していることはないでしょうか。
自分らしくないと思うのは、どんなとき?
たとえば、友達から食事に誘われたとします。
「何が食べたい?」
と聞かれました。
本当はお寿司が食べたかった。
でも相手が、
「パスタもいいよね」
と言ったので、
「私もパスタでいいよ」
と答えた。
帰宅してから、
「また自分の意見を言えなかった」
と思った。
そして、
「もっと自分らしく生きたいな」
と考えたとします。
このとき、実際に起きていたことは何でしょう。
相手から食べたいものを聞かれた。
お寿司が食べたいと思った。
相手がパスタという案を出した。
自分はパスタでいいと答えた。
ここまでは、一つの出来事として整理できます。
でも、そのあとに、
「自分の意見を言えない私は、自分らしく生きられていない」
という判断が加わっています。
では、相手に合わせてパスタを選んだ自分は、自分ではなかったのでしょうか。
その場で相手に合わせようとしたのも、実際に自分に起きた行動です。
「私は合わせたいと思ったわけじゃない」という気持ちもあるかもしれません。
ただ、ここで考えたいのは、合わせてしまった自分を、なぜ「本当の自分ではない」と判断したのかということです。
「本当の自分」と「そうではない自分」が生まれる
「自分らしく生きたい」
と思ったとき、私たちは自分の中に二つの姿を作ることがあります。
一つは、本当の自分。
もう一つは、本当の自分らしく生きられていない自分。
たとえば、
本当の私は、人に遠慮せず意見を言えるはず。
本当の私は、もっと自由なはず。
本当の私は、こんなことで悩まないはず。
そう考えていたとします。
すると、人に合わせたり、迷ったり、落ち込んだりする自分は、本当の自分ではないように感じられることがあります。
そして、
「本当の自分に戻らなければ」
と思う。
でも、少し不思議ではありませんか。
その「本当の自分」は、どこで確認したのでしょう。
以前、そういう自分だったのでしょうか。
誰かの言葉から想像したのでしょうか。
本やSNSで見た「自分らしい人」の姿を参考にしたのでしょうか。
それとも、今の自分とは違う、もっと自由な状態を想像したのでしょうか。
もしそうだとしたら、私たちは自分の中で作った理想像を「本当の自分」と呼んでいる場合もあるのかもしれません。
もちろん、その理想像が自分にとって大切なら、目指しても構いません。
ただ、それが本当に「元からある本当の自分」なのかは、別の問いです。
「私は今、自分らしくない」という判断はどこから来た?
最初の食事の場面に戻ります。
お寿司が食べたかった。
でも、相手に合わせてパスタを選んだ。
ここから、
「私は自分の気持ちを大切にできていない」
と思ったとします。
では、なぜそう判断したのでしょう。
もしかすると、
「自分の気持ちを大切にする人は、いつも自分の希望を伝えられる」
という基準があったのかもしれません。
でも、本当にそうでしょうか。
自分の希望を伝えることもできます。
相手の希望を優先することもできます。
その日はどちらでもよかったのかもしれません。
また、相手に希望を伝えることで嫌な反応が返ってくると予測していたなら、合わせることが必要に感じられたのかもしれません。
ここには、その場で起きた反応や判断があります。
それを、
「私は本当の自分で生きていない」
という一つの説明にまとめてしまうこともできます。
でも、その説明が生まれる前には、もっと細かいことが起きていたのではないでしょうか。
実際に起きた出来事。
その出来事に対して予測したこと。
そのときの感情や身体の反応。
そして、必要だと感じた行動。
こうした流れを見ずに「自分らしくない」という結論だけを使うと、その場で何が起きていたのかは見えにくくなります。
ありのままを目指すことが、新しい努力になる
「ありのままの自分でいい」
という言葉に出会って、心が軽くなった人もいるでしょう。
今まで何かを頑張らなければ認められないと思っていた人にとって、その言葉が大きな支えになる場合もあります。
ただ、そのあとに別のことが起きる場合があります。
「もっとありのままでいられるようになろう」
「自分の気持ちを隠さないようにしよう」
「他人の目を気にしないようにしよう」
こうして、ありのままでいるための努力を始めることがあります。
それによって、実際に行動の幅が広がる場合もあるでしょう。
でも、もし人の目が気になったとき、
「まだありのままでいられていない」
と思ったらどうでしょう。
本当の気持ちを言えなかったとき、
「また自分を偽ってしまった」
と思うこともあります。
そして、
「もっと本当の自分にならなければ」
と考える。
自分をそのまま受け入れたいと思っていたのに、いつの間にか、今の自分ではいけないという新しい条件ができているかもしれません。
ありのままでいるために、ありのままの自分を変えようとしている。
そんな不思議なことが起きる場合もあるのです。
「自分を受け入れなければ」も同じことかもしれない
似た言葉に「自己受容」があります。
自分を受け入れる。
自分を否定しない。
今の自分を認める。
こうした考え方で、気持ちが軽くなることもあります。
ただ、
「自分を受け入れられる人にならなければ」
と思ったらどうでしょう。
たとえば、自分の失敗に腹が立ったとします。
そこで、
「自分を責めずに受け入れよう」
と考えた。
でも、どうしても腹が立つ。
すると、
「まだ自分を受け入れられていない」
と思うかもしれません。
そして、今度は自分を受け入れられない自分が問題になる。
このとき、受け入れることが、新しい合格条件になっている可能性があります。
自己受容できないのはなぜ?「自分を受け入れよう」としても自分を責めてしまうときでは、このように自己受容そのものが新しい課題になる場合を扱っています。
ここでも大切なのは、自己受容を否定することではありません。
自分を受け入れようとしているとき、そこにどんな判断が加わっているのかを見ることです。
「本当の自分」は、いつか完成するものなのだろうか
少し違う場面を考えてみましょう。
以前は人に合わせてばかりいた人が、少しずつ自分の意見を伝えられるようになった。
「今日は自分の気持ちを言えた」
と嬉しくなった。
それは、その人にとって大切な経験だったかもしれません。
ところが、次の日には言えなかった。
すると、
「また本当の自分から遠ざかってしまった」
と感じることがあります。
では、自分の意見を言えた日は本当の自分で、言えなかった日は本当の自分ではないのでしょうか。
どちらの日にも、その人は自分の経験をしています。
言えたときには、言えた理由があったかもしれません。
言えなかったときには、言えない必要性が生まれていたのかもしれません。
同じ人間でも、状況や相手によって反応は変わります。
その一つひとつを、本物の自分と偽物の自分に分ける必要があるのでしょうか。
もちろん、自分が望む行動を増やしていくことはできます。
ただ、それを「本当の自分になる」という説明にすると、今の自分が常に未完成のように感じられる場合があります。
自分らしくありたいとき、本当は何を望んでいる?
ここで、あなた自身の経験を少し思い出してみてください。
「もっと自分らしく生きたい」
と思ったことはありませんか。
そのとき、何が起きていたでしょう。
誰かの期待に応え続けて疲れていたのでしょうか。
自分の意見を伝えられなかったのでしょうか。
やりたいことを我慢していたのでしょうか。
自分の選択を誰かに否定されたのでしょうか。
では、そのとき本当に望んでいたことは何だったでしょう。
休みたかったのかもしれません。
断りたかったのかもしれません。
好きなことを選びたかったのかもしれません。
相手に理解してほしかったのかもしれません。
こうして具体的に見てみると、「本当の自分になる」という大きな目標の中に、実際にはさまざまな希望が含まれていることがあります。
そして、その希望は、本当の自分になってからでなければ持てないものではありません。
今、休みたいと思う。
今、断りたいと感じている。
今、何かを選びたいと思っている。
そうした経験は、すでに今の自分に起きています。
ただ、それを実際に行動に移すときには、何か別の反応や予測が生まれるのかもしれません。
自分らしく生きられない理由を、性格だけで説明しない
たとえば、職場で自分の意見を言いたいと思ったとします。
でも、上司がいる場ではなかなか言えない。
一方、親しい友達には遠慮なく意見を言える。
この場合、
「私は自分の意見を言えない人間だ」
という説明だけでは、少し足りないことが分かります。
友達には言えているからです。
では、上司の前では何が違うのでしょう。
「否定されるかもしれない」
「仕事ができないと思われるかもしれない」
「今後の関係が悪くなるかもしれない」
そんな予測があるのかもしれません。
その予測によって緊張し、発言を控えることが必要になっている可能性があります。
だとしたら、その人には「本当の自分になる」という大きな変化が必要なのでしょうか。
それとも、上司の前で自分の中に何が起きているのかを知ることから始められるのでしょうか。
もちろん、実際に意見を言うことで不利益を受ける職場もあります。
その場合には、相手の行動や職場環境への現実的な対応も必要です。
ここで見たいのは、すべてを自分の問題にすることではありません。
今の状況と、そこに加わった意味や予測を分けることです。
自分軸とは?「自分の気持ちを優先する」だけでは分からない、自分で選ぶということでも、正しい自分らしさを探すことと、自分で選ぶことの違いを扱っています。
ありのままとは、何も変えないことなのだろうか
ここまで読むと、
「じゃあ、今の自分を変えてはいけないの?」
と思うかもしれません。
もちろん、そんなことはありません。
新しいことに挑戦してもいい。
苦手なことを練習してもいい。
働き方を変えてもいい。
人との付き合い方を見直してもいい。
何かを変えたいと思うこと自体は、問題ではありません。
ただ、ここで二つのことを分けて考えられます。
今の状況を変えたいと思うこと。
そして、今の自分は間違っているから、別の人間にならなければならないと思うこと。
この二つは、同じではありません。
たとえば、今の仕事が合わないと感じて転職する人がいます。
それは、今の自分ではダメだからとは限りません。
別の環境で働きたいという希望があるのかもしれません。
自分の気持ちを伝える練習をすることも、今の自分に価値がないからとは限りません。
選べる行動を増やしたいからかもしれません。
変化することと、今の自分を否定することは、必ずしも一緒ではないのです。
「ありのままの自分になりたい」という願いの中にあるもの
もう一度、最初の言葉に戻ってみましょう。
「ありのままの自分になりたい」
この言葉には、どんな前提が含まれているでしょう。
もしかすると、
「今の私は、まだありのままではない」
という判断があるかもしれません。
さらに、
「ありのままになれれば、もっと幸せになれる」
という予測があるかもしれません。
その予測があると、今の自分から、理想の自分へ変わる必要が生まれることがあります。
でも、今の自分を「本当ではない自分」だと判断したのは、いつだったのでしょう。
そして、どんな状態なら「本当の自分になれた」と判断するのでしょう。
人に合わせなくなったら。
落ち込まなくなったら。
自信が持てるようになったら。
自分の意見を言えるようになったら。
もしそうした条件を置いているなら、「ありのまま」は条件を満たすことで得られるものになっています。
それは、ありのままというより、目標の一つなのかもしれません。
目標を持っても構いません。
ただ、その目標を達成するまで、今の自分を否定し続ける必要が本当にあるのでしょうか。
今の自分に何が起きているかを知る
そとがわメソッドでは、「本当の自分になるためには何をしたらいいか」という問いとは少し違うところを見ます。
たとえば、自分の意見を言いたかったのに言えなかった。
そのとき、目の前では何が起きたのでしょう。
自分は何を予測したのでしょう。
どんな身体や感情の反応が生まれたのでしょう。
なぜ、黙っていることが必要になったのでしょう。
さらに、それをした自分を、どのように評価したのでしょう。
そうしたことを分けて見ることができます。
そこに、「こういう人にならなければならない」という新しい正解を置く必要はありません。
自分の反応を見たうえで、相手に伝えることも、伝えないことも選べます。
必要なら距離を取ることもできます。
人に合わせることを選ぶ場合もあるでしょう。
ありのままの自分を完成させる前に、今の自分に何が起きているのかを見ることができる。
それが、そとがわメソッドの大切にしている視点です。
「本当の自分」について考えたくなった方へ
「自分らしく生きたい」
「ありのままの自分になりたい」
そう感じているとき、その奥にはどんな経験や判断があるのでしょう。
今の自分では足りないという感覚があるのかもしれません。
何かを変えれば楽になれると思っているのかもしれません。
実際に変えたい生活や関係があるのかもしれません。
そとがわメソッドの無料講座では、出来事と意味づけ、予測、身体や感情の反応、そこから必要になる行動を分けて、人間が現実を経験する仕組みを説明しています。
本当の自分になるための新しい方法ではなく、今の自分の中で何が起きているのかを知る入口としてご覧ください。
よくある質問
Q. ありのままの自分とは、好き勝手に生きることですか?
必ずしもそうではありません。
自分の希望を大切にすることと、周囲の人の事情を無視することは別です。
自分の希望と相手の希望を確認し、その場に応じて選ぶこともできます。
Q. 本当の自分を探すことは、意味がないのでしょうか?
意味がないとは限りません。
自分の価値観や希望を知ることで、生活の選択がしやすくなる場合もあります。
この記事では、本当の自分を探すことを否定するのではなく、「本当の自分とはどんな状態か」という判断が、いつどのように生まれたのかを考えています。
Q. 自分を変えたいと思うのは、自己否定なのでしょうか?
必ずしもそうではありません。
変わりたいという希望と、「今の自分には価値がない」という評価は別です。
何かを変えたいと思ったとき、その奥で自分についてどんな判断をしているかを見てみることができます。
Q. 自分らしく生きられないのは、周囲の環境が原因ですか?
環境が大きく関係している場合もあります。
人間関係や仕事の条件などによって、実際に選べる行動が制限されることもあります。
そとがわメソッドでは、そうした現実の条件を否定せず、その場で自分の中に何が起きているかを分けて見ていきます。
関連記事
まずは無料講座から
ありのままの自分になりたい。
その願いの中には、今の自分についての判断や、これからなりたい姿への予測が含まれているかもしれません。
その判断がどこから生まれたのか。
なぜ、今の自分では足りないと感じるのか。
その感覚によって、何をする必要が生まれているのか。
そとがわメソッドでは、そうした仕組みを一つずつ分けて見ていきます。
別の誰かになるためでも、正しい自分に完成させるためでもありません。
今ここにいる自分が、どのように現実を経験しているのかを知り、そこから選べる余地を見つけるための入口です。


そとがわメソッド開発者。心理学・自己啓発・潜在意識などを学んでも自己否定が終わらなかった自身の経験から、「自分を変える前に、何が起きているのかを見る」そとがわメソッドを開発。著書『自分を否定しない練習』。
詳しいプロフィールはこちら












コメント