初めて行くお店まで、徒歩15分。地図で調べた道を進みながら、「この角かな?」「あれ、次の信号だった?」と少しずつ歩いていきます。ようやく到着して、帰りは同じ道を歩いたはずなのに、なぜかあっという間。
行きも帰りも15分歩いていたとしたら、道が縮んだわけではありません。では、短くなったのは何なのでしょう。
まず「同じ道」を、三つに分けてみる
行きと帰りを比べるとき、実は異なるものを一緒に「長さ」と呼んでいます。地図上の距離、時計で測った所要時間、本人が感じた長さです。
地図上の距離が同じでも、横断歩道で長く待てば所要時間は変わります。所要時間まで同じだったとしても、「ずいぶん歩いたな」と「もう着いたの?」という感じ方は一致するとは限りません。
「帰り道のほうが短い」という話を聞いたら、まずどの長さを言っているのかを確かめてみる。それだけで、ちょっと面白い観察が始まります。
初めての道では、道そのもの以外にも用事がある
知らない場所へ向かうとき、私たちは目的地まで歩くだけでなく、道順を調べたり、目印を探したり、間違えていないか確かめたりしています。
「次の角を右。コンビニが見えたら左。あれ、コンビニ二つあるんですけどw」
こうした確認が多い場面と、帰り道で「あの角だ」と分かっている場面では、同じ景色を見ていても、注目しているものが違うかもしれません。これは帰り道の長さを説明する一つの仮説です。注意が多かったから必ず長く感じる、とまでは言えません。
行きと帰りで、条件を変えてみる
① 行きが初めて、帰りは見覚えがある
旅行先の知らない商店街なら、行きは店の看板や曲がり角を確かめることがあります。帰りには「あの赤い屋根のところを曲がればいい」と分かる。先の見通しが違う状態です。
② 同じ道を毎日通っている
では、毎日の通学路や通勤路ならどうでしょう。すでに道を知っているので、行きだけが特別に長く感じるとは限りません。出勤前には急いでいるけれど、帰りは寄り道が楽しみ。あるいは、帰りに疲れていて一歩が重いこともあります。
「帰りだから短い」と一つに決めてしまうと、こういう違いが見えなくなります。
③ 先に帰り道を歩いてみる
たとえば、同じ道を普段とは逆方向から初めて歩いたら? 慣れていない側が長く感じられるのか、それとも「帰る」という目的そのものが関わるのか。もし結果が変わるなら、方角だけが理由ではなさそうです。
ここでは実験結果を紹介しているのではなく、何を変えると説明が変わるかという、観察の組み立て方を考えています。
「今歩いている長さ」と「後で思い出す長さ」も別もの
さらに紛らわしいのが、歩いている最中の感覚と、あとから振り返った感覚です。道中ではずいぶん長いと思っていたのに、帰宅してからは「あっという間だった」と話すことも、その逆もありえます。
写真が何枚あるか、途中でどんな出来事があったか、到着を待ち遠しく思っていたか。そうした情報を思い出すことで、道の印象が変わる可能性があります。ただし、記憶がどのように長さの評価に影響するかは、この記事の例だけでは確定しません。
この「出来事」と「そこに付ける意味」の違いは、出来事と意味づけを分けて考える記事でも詳しく扱っています。また、同じものに触れても体験が一致するとは限らない不思議は、クオリアを扱う記事にもつながります。
距離は同じ。では「長い」はどこにあった?
地図が示しているのは、道の長さです。でも私たちが「遠かった」と言うときには、迷った時間、待っていた気持ち、見慣れない景色、疲れなど、さまざまなものが混ざっていることがあります。
「あの店は遠い」と覚えていたのに、次に行ったら近く感じた。そんなとき、変わったのはお店の場所ではなく、そこへ向かう自分の条件だったのかもしれません。
そう考えると、「近い」「遠い」というごく普通の言葉にも、ずいぶん豊かな中身がありますね。
よくある質問
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