自分責めが止まらないのはなぜ?
仕事で失敗した。
人に余計なことを言ってしまった。
相手の反応が少し悪かった。
出来事そのものは、
もう終わっている。
それなのに、
帰ってからも考える。
「あの言い方はまずかったかな」
「もっと確認すればよかった」
「なんであんなことしたんだろう」
「相手はどう思っただろう」
一度考え始めると、
なかなか止まらない。
別のことをしていても、
また思い出す。
そして、
思い出すたびに、
「あれが悪かった」
「こうすればよかった」
と、また自分を責める。
「もう考えても仕方がない」
そんなことは、
自分でも分かっている。
それでも止まらない。
だとしたら、
問題は単に、
「切り替えが苦手だから」
ではないのかもしれません。
そとがわメソッドでは、
もう終わった出来事について、なぜまだ答えを出し続ける必要があるのか
を見ていきます。
出来事は終わっているのに、頭の中ではまだ終わっていない
たとえば、
仕事で一つミスをした。
必要な修正はした。
上司にも報告した。
現実の出来事としては、
そこで一度終わっています。
でも、
家に帰ってから、
「あそこを確認していれば」
「もっと早く気づけば」
「なんでこんなミスをしたんだろう」
と考える。
しばらくすると、
また思い出す。
今度は、
「上司はどう思っただろう」
「仕事ができないと思われたかな」
まで考える。
こうなると、
頭の中では、
その出来事がまだ終わっていません。
何が悪かったのか。
どうすれば防げたのか。
相手はどう思ったのか。
これから何が起きるのか。
まだ確認しなければならないことが残っているような状態になることがあります。
自分責めというより、「再検討」が終わらなくなっていることがある
「自分責めが止まらない」と感じているとき、
実際には、
同じ出来事を何度も再検討していることがあります。
「あのとき何が悪かった?」
「別の言い方なら大丈夫だった?」
「ここで確認すれば防げた?」
「相手のあの表情は怒っていた?」
「次はどうしたら絶対に同じことが起きない?」
一度答えを出す。
でも、
「本当にそれで合ってる?」
となる。
また考える。
別の可能性を探す。
そして、
また自分に原因を見つける。
この繰り返しです。
だから、
「もう自分を責めない」
と決めても、
まだ確認したいことが残っていれば、
また同じ出来事へ戻ることがあります。
「次はどうすれば防げる?」を探していることがある
たとえば、
ミスをしたあと、
「次からここを確認しよう」
と決める。
それで終われることもあります。
でも、
「それでもまた起きたら?」
となることがあります。
すると、
もう一つ対策を考える。
さらに、
「あそこも確認した方がいいかも」
となる。
こうして、
自分を責めながら、
次の問題を防ぐ方法を探し続けることがあります。
この場合、
自分責めをやめることが、
本人の中では、
「まだ対策が十分ではないのに考えるのをやめること」
のように感じられる場合があります。
それなら、
頭が簡単に手放さないのも不思議ではありません。
相手の気持ちを確定しようとして終われないこともある
人間関係では、
さらに終わりにくくなることがあります。
少し余計なことを言った気がする。
相手の返事が短かった。
その場は普通に終わった。
でも、
帰ってから、
「やっぱり怒ってた?」
「嫌われた?」
「あれを言わない方がよかった?」
と考える。
ここで難しいのは、
相手が本当はどう思っていたのかは、自分の中だけでは確定できない
ことです。
だから、
会話を思い返す。
相手の表情を思い出す。
声のトーンを思い出す。
言った順番を確認する。
それでも答えは出ない。
すると、
また最初から考える。
自分責めが長く続いているように見えて、
実際には、
答えの出ない問いに答えを出そうとし続けている
ことがあります。
「自分が悪かった」と決めると、一応答えは出る
分からない状態は、
落ち着かないことがあります。
相手がなぜあんな反応をしたのか分からない。
今回の問題がなぜ起きたのか分からない。
次に同じことが起きるか分からない。
そんなとき、
「私が悪かった」
と決めると、
一応、説明がつきます。
私の言い方が悪かった。
私の確認不足だった。
私がもっとちゃんとすればよかった。
そうすれば、
次は自分を直せばいい。
自分が変われば、
同じことを防げるかもしれない。
もちろん、
本当に自分に改善できる部分があることもあります。
でも、
原因がまだ分からないことまで、自分を原因にすると、とりあえず話を閉じることができる
場合があります。
そのため、
「全部自分が悪い」
という結論が苦しいのに、
そこへ戻りやすくなることがあります。
反省が終わっても、自分責めだけ続くことがある
反省と、
自分責めは同じではありません。
たとえば、
「確認が一つ足りなかった」
と分かった。
次からの方法も決めた。
必要な修正もした。
ここまでなら、
現実的な振り返りです。
でも、
そのあとも、
「そもそも私は注意力がない」
「いつもこう」
「こんなこともできない」
「また絶対失敗する」
と続いていくことがあります。
この段階では、
もう今回のミスを改善する話から、
自分そのものの評価へ広がっています。
だから、
「ちゃんと反省しなきゃ」
とさらに考え続けても、
改善点が増えるとは限りません。
今回について必要な対応は、もう終わっているのか。
ここを分けて見ることもできます。
「今だから分かること」で、過去の自分を責め続けることもある
出来事が終わったあとには、
たくさんの情報があります。
結果が分かっている。
何が問題になったか分かっている。
誰がどう反応したかも分かっている。
だから、
「あそこでこうすればよかった」
が見えます。
でも、
その瞬間の自分は、
まだ結果を知りませんでした。
今は分かることを使って、
「あのときも分かるべきだった」
とすると、
何度でも過去の自分を責められます。
次に活かすことと、
結果を知った今の自分から、
過去の自分を何度も採点することは別です。
「自分を許さなきゃ」で、さらに終われなくなることもある
自分責めが苦しくなると、
今度は、
「自分を許さなきゃ」
「手放さなきゃ」
「もう考えないようにしなきゃ」
と思うことがあります。
でも、
また思い出す。
すると、
「まだ許せてない」
「また考えてる」
「全然変われてない」
となる。
最初は、
出来事について自分を責めていた。
今度は、
自分責めをやめられない自分まで責め始める。
これでは、
考える材料が一つ増えただけです。
だから、
まずは、
自分責めが出てきたこと自体を、
新しい失敗にしなくてもいい。
「まだ何を確認しようとしているんだろう」
と見ることができます。
現実にできることが残っているなら、普通に対応していい
自分責めが続いているとき、
本当にまだ対応が必要なこともあります。
ミスを修正していない。
謝る必要がある。
確認した方がいいことが残っている。
次回の手順を変えた方がいい。
そういう場合は、
普通に対応できます。
問題は、
現実にできることを全部やったあとまで、
「まだ考えれば何か分かるはず」
と続いている場合です。
ここで、
現実の対応が残っているのか。
頭の中で答えを確定しようとしているのか。
を分けることができます。
どれだけ考えても、確定できないものがある
相手が本当はどう感じたか。
なぜあの人があんな態度を取ったか。
次に絶対失敗しない方法。
将来どう評価されるか。
こうしたものは、
考えれば必ず答えが出るとは限りません。
もちろん、
仮説を持つことはできます。
必要なら確認できるものもあります。
でも、
自分一人の頭の中だけで、
完全に確定できないものもあります。
そこまで、
「分かるまで考える」
の対象にすると、
終わりがなくなります。
自分責めが止まらないとき、
不足しているのは、
反省の量ではなく、
確定できないものまで確定しようとしていないかを分けること
かもしれません。
また思い出したからといって、最初からやり直しとは限らない
一度整理したのに、
また思い出すことがあります。
そのとき、
「まだ引きずってる」
「結局何も変わってない」
と判断する必要はありません。
同じ出来事を思い出しても、
以前なら、
「全部自分が悪い」
で何時間も考えていた。
今回は、
「また相手の気持ちを確定しようとしてるな」
と気づいた。
必要な対応は終わっていると分かった。
それ以上は考えても確定できないと分けられた。
同じ記憶が出てきても、
そのあと起きることまで同じとは限りません。
今日見るなら、この一つ
また同じ出来事を思い出して、
自分を責め始めたとき。
「考えちゃダメ」
と止める前に、
一つだけ見てみてください。
「私は今、この出来事について何を確定しようとしている?」
自分が悪かったかどうか?
相手が怒っているか?
嫌われたか?
本当の原因は何だったか?
次に絶対失敗しない方法?
これから大丈夫かどうか?
何が出てくるかは、
人によって違います。
一つとも限りません。
そして、
今出てきた答えが、
絶対の原因とも限りません。
ただ、
自分責めが続いているときに、
何についてまだ結論を出そうとしているのか
を見る。
そこが今回の入口です。
自分責めが止まらないなら、「止める」より先に終わっていない問いを見る
もう終わったこと。
考えても仕方がない。
自分でも分かっている。
それでも、
また考える。
また自分を責める。
そんなとき、
「切り替えられない自分」
だけを問題にしなくてもいい。
その出来事について、
まだ何を知ろうとしているのか。
何を確定しようとしているのか。
現実にできる対応は残っているのか。
自分では答えを出せないものまで、
考え続けていないか。
そこを分けて見ると、
なぜ同じところへ何度も戻っていたのかが見えてくることがあります。
そとがわメソッドでは、
自分責めを無理になくすことだけを目標にはしません。
自分の中で何が起きているのかが見えることで、
必要なら対応する。
次に活かす。
確認できないものは確認できないものとして置く。
それ以上自分を採点し続けない。
その場で選べる余地を増やしていきます。
無料講座0時間目「分かっているのに、やめられない理由」では、
「もう考えても仕方がない」と分かっているのに、
また同じ反応へ戻ってしまうような、
分かっているのに終わらない仕組みを解説しています。
次の反省方法を増やすためではなく、自分の仕組みを実際に見られるようになるための入口としてご覧ください。
よくある質問
自分を責めないと、反省しなくなりませんか?
反省と、
自分を責め続けることは別です。
具体的な問題があれば、
振り返る。
修正する。
次の方法を考える。
必要なら謝る。
そうしたことはできます。
そのあとまで、
「私はダメだ」
と考え続けなければ改善できないとは限りません。
考え続ければ、本当の原因が分かることもありますよね?
あります。
振り返ることで、
見落としていたことに気づく場合もあります。
ただ、
考えて分かるものと、
自分だけでは確定できないものは別です。
特に、
相手の本当の気持ちや、
未来の結果まで、
考えるだけで完全に確定できるとは限りません。
自分責めを止めるには、考えないようにした方がいいですか?
考えないことが役立つ場合もあります。
ただ、
「考えないようにしなきゃ」
が新しい課題になると、
また考えたときに、
その自分まで責めることがあります。
先に、
何についてまだ答えを出そうとしているのかを見る方が役立つ場合があります。
また同じ出来事を思い出したら、まだ終わっていないということですか?
思い出したことだけでは、
そうとは限りません。
同じ記憶が出てきても、
それを見たあと何が起きるかは変わることがあります。
思い出すことそのものを、
「まだ変われていない証拠」
にしなくても構いません。
関連記事
自分責めそのものをやめたいのに、さまざまな場面で繰り返してしまう場合はこちら。
「もう考えても仕方がない」と分かっているのに、実際にはまた同じことを考えてしまう場合はこちら。
もう少し、自分の中で起きていることを見てみたい方へ
もう考えても仕方がない。
自分を責めても何も変わらない。
頭では分かっている。
それでも、
何度も思い返して、
「やっぱり私が悪かった」
「あのときこうすればよかった」
と、自分責めへ戻ってしまう。
そんなときは、
自分を責めないように頑張る前に、
なぜ、この出来事から自分を責めることが必要になっているのか
を見てみることもできます。
そとがわメソッドの無料講座では、
出来事。
そこについた意味や予測。
反応。
その反応に対してさらに起きること。
そして、
なぜ、その反応が必要になっているのか
を順番に分けて見ていきます。
自分を無理に肯定するためではありません。
「自分を責める」という反応まで含めて、一枚の地図で見てみませんか。

そとがわメソッド開発者。心理学・自己啓発・潜在意識などを学んでも自己否定が終わらなかった自身の経験から、「自分を変える前に、何が起きているのかを見る」そとがわメソッドを開発。著書『自分を否定しない練習』。
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