目の前の人が入れ替わっても気づかない?「変化盲」の不思議

道を歩いていたら、知らない人に声をかけられました。

「すみません、図書館へ行きたいのですが……」

道を説明している途中で、大きなドアを運んでいる人たちが、二人の間を通り抜けていきます。

ほんの数秒、相手の姿が見えなくなりました。そしてドアが通り過ぎ、また道案内の続きです。

ところで、ドアの向こうから出てきた相手が、さっきとは別人だったら?

「いや、そんなの気づくでしょw」と思いませんか。

ところが1998年、まさにこれに近い状況を実際の歩行者で調べた研究が発表されています。実験では、道案内をしている途中で相手の人が入れ替わっても、およそ半数がその変化に気づきませんでした。

顔を見て話していたはずなのに、別人になったことに気づかない。どういうことなんでしょう。

この不思議な現象を考える手がかりが、心理学でいう変化盲(へんかもう/change blindness)です。

目次

変化盲とは?「見えていたものの変化」に気づかない現象

変化盲とは、視界にある場面や物体が変わっても、その変化を見落とすことがあるという現象です。

重要なのは、見落としたものが小さかったり、暗かったりするとは限らないこと。人の顔、物の位置、場面の大きな部分など、あとから聞けば「そんなに変わっていたの?」と思うような変化でも起こりえます。

米国心理学会(APA)の心理学辞典でも、二つの連続する場面のあいだに起きた視覚的な変化に気づかないこととして説明されています。APA Dictionary of Psychology「change blindness」。

ただし、「誰でも、どんな大きな変化にも気づかない」という意味ではありません。変化が起きた場所、注意を向けていたもの、場面が一瞬隠れたかどうかなどによって変わります。

そもそも、私たちが「変わった!」と気づくには、何が必要なのでしょう。

1998年の「ドア実験」で、人が入れ替わった

心理学者ダニエル・サイモンズとダニエル・レヴィンは、現実の対話でも変化盲が起こるかを調べました。Simons & Levin(1998)原著。

実験者が通行人に道を尋ねます。会話の途中で、二人の間を大きなドアが運ばれていきます。ドアが視界を遮っているすきに、道を尋ねた人物が別の実験者に入れ替わるのです。

道案内の相手が変わっているのに、そのまま会話が続く。原著の要旨によれば、その変化を見抜いたのは歩行者のおよそ半分でした。

しかも研究では、実験者と通行人が属すると受け止められる社会的な集団の違いによって、気づきやすさが異なることも検討されています。顔を認識する能力だけでなく、相手をどんな人物として捉えていたかも関わる可能性が示されたわけです。

もっとも、これは当時の研究で設けられた条件での結果です。「人は他人の顔を半分しか覚えていない」「人間は相手をまともに見ていない」という一般法則ではありません。

では、なぜドアが重要だったのでしょうか。

ドアが隠したのは、人だけではなかった

もし、会話している相手が、目の前で突然パッと別人に変身したらどうでしょう。

多くの人は、その瞬間の大きな変化に驚くでしょう。変わるところが見えれば、そこに注意が向きやすいからです。

でもドア実験では、その瞬間が見えません。

目の前にいる人。ドアが通る。ドアの向こうからまた人が現れる。

見えているのは、この三つの場面です。「人が別人に変わる瞬間」を見たわけではありません。

そのうえ本人は、道順を考えながら会話を続けています。話の内容も目的も、ほとんど変わっていません。

ここに変化盲の面白さがあります。前と後の場面が違うことと、違いに気づくことは別なのです。

ものが変化した瞬間に生じる動きや明滅などは、普段、変化の場所を知らせる目印になります。しかし、その目印が遮られたり、別の動きに紛れたりすると、変化した場所へ注意を向けにくくなる場合があります。

ドアは、ただの仕切りではなく、変化に気づくための手がかりまで隠していたわけですね。

写真を交互に見せても、変化を見つけられない?

ドア実験より前の1997年、ロナルド・レンシンク、ケヴィン・オリーガン、ジェームズ・クラークは、写真を使った興味深い実験を発表しました。Rensink, O’Regan & Clark(1997)。

まず、一枚の風景写真を見せる。次に、その一部分を変えた写真を見せる。

二つの画像を切り替える途中に、ごく短い無地の画面を挟みます。これを何度も繰り返します。

変更した部分が比較的大きく、二つの画像を何度も見られるにもかかわらず、その差を見つけるのが難しくなることがありました。研究では、この方法をフリッカー課題(flicker paradigm)と呼びます。

普通なら「画像が変わった瞬間」に目が引かれるはずです。でも画面全体が一度暗転すると、どこが変わったのかという局所的な手がかりが目立たなくなる。

さらにこの研究では、どの部分に注目すればよいかを言葉で教えると、変化の発見が速くなることも確認されました。

写真が見えにくかったわけではない。最初から視力が足りなかったわけでもない。注意を向ける場所という条件が変わるだけで、同じ違いが見つかりやすくなる。

……「ちゃんと見ていたつもり」は、一体どこまでを見ていたのでしょう。

「見た」「覚えた」「比較できた」は同じではない

ここで少し整理してみましょう。

会話相手の顔も、写真の中の物も、光として目に届いていたかもしれません。でも、それだけで前後の違いに気づくとは限りません。

  • ① 目に入る:視覚情報が届く。
  • ② 注意を向ける:その中のある部分に焦点が当たる。
  • ③ 情報を保持する:前の場面について、比較に使える情報が残る。
  • ④ 比較する:いま見えているものと、前の場面との差を捉える。

これは実験で確認された一つの固定した処理順序を示す図ではなく、変化の発見に関わる働きを分けて考えるための整理です。研究者のあいだでも、見落としが「最初の情報の取り込み」「保持」「前後の比較」のどの段階で生じるかには複数の説明があります。Simons & Ambinder(2005)。

「さっきも見た」ということと、「さっきの細部をいまの細部と照らし合わせられる」ということは、同じではないんですね。

普段の生活では、私たちは一度見た人の服の縫い目や、部屋の小物の位置まで、すべて記録しておく必要はありません。会話をしたり、道を探したり、別のことに注意を向けながら生活しています。

それでも世界が途切れずに続いているように感じる。そこが、むしろ不思議です。

条件を変えると、なぜ気づけるようになるの?

同じ場所で、二つの場面を比べてみましょう。

A:道順を説明しているとき

あなたは、どの角を曲がればよいかを考えています。相手の顔をじっと見比べることが目的ではありません。途中でドアが通れば、話の流れを保つことに注意が向くかもしれません。

B:「途中で相手が入れ替わるかも」と知っているとき

今度は、相手の顔や服に注意して見比べようとするでしょう。同じドアが通ったとしても、変化に気づくために使う情報が違います。

ここでのA・Bは、研究の実験条件をそのまま再現したものではなく、何に注意を向けているかという違いを考えるための例です。

でも、1997年のフリッカー研究では、注目する対象への言語的な手がかりが、変化を見つける速さに影響しました。だから「注意する場所を知っていること」は、単なる気合いの問題ではありません。

では、気づけなかった人は、気が緩んでいたのでしょうか。そうとも限りません。道案内という別の課題には、ちゃんと注意を向けていたかもしれませんから。

「変化盲」と「非注意性盲」は何が違う?

この二つは混同されがちですが、研究で区別される概念です。

  • 変化盲:前の場面と後の場面の違いを見落とす。例:ドアの前後で会話相手が入れ替わっても気づかない。
  • 非注意性盲(inattentional blindness):ある作業に注意を向けているとき、予想外に現れたものの存在そのものに気づかない。

どちらにも注意の働きが関係しますが、「何が見落とされたのか」が違います。前後の変化なのか、現れた対象そのものなのか。

この違いは、両方を扱った総説でも整理されています。Jensen, Yao, Street & Simons(2011)。

また、「変化盲」は、錯視とは?同じ大きさなのに違って見える不思議で扱うような、見え方の変形とも別の現象です。目の前の情報をどう経験するかという接点はあっても、研究が調べている対象は同じではありません。

日常では「相手が変わった」だけでなく、変わらないと感じることもある

例えば、毎日使うアプリの画面。昨日からボタンの位置が少し変わっていたのに、数日たってから「あれ、ここじゃなかったっけ」と気づくことがあります。

また、職場でいつも会う人が眼鏡を変えていたのに、話の途中まで気づかなかった、ということもあるでしょう。

もちろん、こうした日常の出来事がすべて変化盲で説明できるわけではありません。記憶があいまいだった、そもそも比べていなかった、変化が小さかった、という場合もあります。

でも、変化があることと、それが自分の経験の中で「変化した」として現れることは、別。

ここを分けると、ふだん当たり前だと思っている「見えている」という感覚が、少し面白くなります。

音の場合にも似た問いがあります。騒がしい場所で自分の名前だけ聞こえるのはなぜ?では、周囲に音があることと、ある音に気づくことの違いを扱っています。今回の記事は、視覚の前後比較に絞った話です。

「見落とした」と「無視した」は、同じ出来事?

さて、ここで少しだけ日常のやり取りに戻ります。

「髪を切ったのに、全然気づいてくれなかった!」

言われた側は「えっ、そうだったの?」。言った側は「私のこと、見てないんだ」と感じた。

ここには、別々の出来事が重なっています。

  • 確認できる出来事:髪型を変えた。相手はその変化を指摘しなかった。
  • 気づきについての可能性:変化に気づいていなかった/気づいたが言わなかった/気づきにくい別の条件があった。
  • 意味づけ:「私に関心がないのかも」と受け取った。
  • 一次反応:寂しさやがっかりが起こることがある。
  • 反応への反応:「こんなことで寂しくなる自分は面倒だ」と、自分の気持ちまで採点する場合もある。

相手が気づかなかった理由を、この記事だけで判定することはできません。意図的に無視した可能性も、単に気づかなかった可能性もあります。

「気づかなかった=大切にしていない」と決める前に、何が起きたかと、そこから考えたことを分けられる。これはそとがわメソッドで扱う観察の一つの例です。

ただし、繰り返し話を無視されている、実際の約束を守ってもらえない、という場合は、その行動の事実や影響を別に検討できます。認識を分けて考えることは、相手の行動の責任を消すことではありません。

「同じ音なのに、気になる日と気にならない日がある」という話も、時計の音から見る認識の不思議で扱っています。

見落としがあるからこそ、現実の確認は必要になる

変化盲は「世界は思い込みだから、見えていなくても問題ない」という話ではありません。

例えば運転中や機械の操作中には、見落としが実害につながることがあります。注意の限界があることと、確認や安全対策が不要になることは、正反対です。

一度見たという感覚だけに頼らず、必要な場面では再確認したり、見落としにくい表示を工夫したりすることには、実際的な意味があります。

それに、研究の現象から、ある個人のミスの原因まで特定することはできません。事故やトラブルには、その場で確認すべき事実、環境、作業条件、責任があります。

心理学を知ることで人の責任が消えるわけでも、誰かの人格が評価されるわけでもないのです。

私たちは、目の前の世界をどこまで見ているのだろう?

あのドアの向こうでは、道案内をしている相手が入れ替わっていました。

道の形も、会話の目的もほとんど変わらない。でも、相手という大きな要素は変わっていた。

それでも変化に気づかなかった人がいました。

不思議なのは、私たちが普段、自分の見ている世界を細部まできちんと把握しているように感じられることです。実際には、何に注意が向いたか、何を覚えているか、どんな差を比較できたかによって、気づけることは違います。

「見えている世界はいつも完成済みなのだろうか?」

そんな疑問を持つと、当たり前の道案内や写真の見比べまで、人間観察の材料になってきます。

目の前の世界が急に嘘になるわけではありません。ただ、その世界を私がどのように経験しているのかは、もう少し調べてみる余地がありそうです。

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研究・参考資料

  • Simons, D. J., & Levin, D. T. (1998). Failure to detect changes to people during a real-world interaction. Psychonomic Bulletin & Review, 5, 644–649. 原著DOI。現実の道案内と人物の入れ替わりを調べた実験。
  • Rensink, R. A., O’Regan, J. K., & Clark, J. J. (1997). To see or not to see: The need for attention to perceive changes in scenes. Psychological Science, 8(5), 368–373. 原著DOI。無地画面を挟むフリッカー課題と注意の手がかりを検討。
  • Simons, D. J., & Ambinder, M. S. (2005). Change blindness: Theory and consequences. Current Directions in Psychological Science, 14(1), 44–48. DOI。変化の検出と視覚表象についての概説。
  • Jensen, M. S., Yao, R., Street, W. N., & Simons, D. J. (2011). Change blindness and inattentional blindness. WIREs Cognitive Science, 2, 529–546. DOI。変化盲と非注意性盲の違いを整理した総説。
  • APA Dictionary of Psychology, “change blindness”。用語定義。

研究が示しているのは、それぞれの観察・実験条件における注意と変化の検出についてです。そとがわメソッド全体の実証ではありません。また、説明のために挙げた日常場面は、特定の読者の心理を診断するものではありません。

よくある質問

変化盲とは、簡単にいうと何ですか?

目の前の物や場面が変化しても、その変化に気づかないことがある現象です。視力の良し悪しだけでなく、変化の手がかりや注意の向け方などが関係します。

目の前の人が入れ替わっても、本当に気づかないのですか?

1998年の研究では、道案内の最中に大きなドアで視界を遮り、その間に相手を入れ替えると、およそ半数の歩行者が気づきませんでした。ただし、その実験条件での結果であり、すべての人や場面に当てはまる割合ではありません。

変化盲と非注意性盲は同じですか?

同じではありません。変化盲は前後の場面の違いを見落とすこと、非注意性盲は特定の作業に注意を向けているときに予期しない対象そのものに気づかないことを指します。

変化に気づかなかった人は、注意力が低いのですか?

その一件だけでは判断できません。別の作業に注意を向けていたり、変化した瞬間の手がかりが遮られていたりする場合があります。ただし、安全に関わる作業では必要な確認や対策を省いてよいということではありません。

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この記事を書いた人

そとがわメソッド開発者。心理学・自己啓発・潜在意識などを学んでも自己否定が終わらなかった自身の経験から、「自分を変える前に、何が起きているのかを見る」そとがわメソッドを開発。著書『自分を否定しない練習』。
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