録音した自分の声が別人みたいに聞こえるのはなぜ?|「私の声」はどこで決まる?

スマホで撮った動画を見返したとき、自分の声が入っていて驚いたことはありませんか。「え、私ってこんな声なの?」。普段は毎日聞いている声なのに、録音を再生した途端、知らない人がしゃべっているように聞こえる。

考えてみると、不思議な話です。声を出したのは自分。話した言葉も自分。なのに「自分の声らしくない」と感じる。いったい何と比べているのでしょう。

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そもそも、自分だけが聞いている「自分の声」がある

まず、ここには音の伝わり方という物理的な違いがあります。東京大学が公開している音の解説によると、自分が話す声は、空気を通って耳に届く「気導音」と、頭部の骨や組織を通る振動による「骨導音」が重なって聞こえています。

一方、録音を再生するときには、基本的にスピーカーやイヤホンから空気を通して届く音を聞きます。自分が話している最中に聞く声とは、伝わる経路が違うのです。

だから、録音で声の印象が変わること自体には、確かめられている音響上の理由があります。録音機器のマイクやスピーカー、部屋の響きによっても聞こえ方は変わります。つまり、録音された声を「他人が聞いている声と一字一句、完全に同じもの」と考える必要もありません。

参考:東京大学「録音した自分の声はどうして変に聞こえる?」(米村美紀、2022年)

では、なぜ「違う声」が「変な声」になるのだろう

ここから先が、認識の面白いところです。音の伝わり方が違うことと、その声を「変だ」「嫌だ」「意外といい声だ」と評価することは、同じ出来事ではありません。

録音を聞いて、普段の声と違うと気づいた。そこまでは音の比較です。でも、そこで「変だな」と思う人もいれば、「案外落ち着いた声なんだ」と思う人もいる。笑ってしまう人もいるでしょう。

同じ種類のズレがあっても、次にどんな意味がつくかは一つではないわけです。

条件を変えると、感想も変わる?

例えば、旅先で偶然撮れた動画。映っている友人との会話が楽しくて、声はほとんど気にならない。ところが、自分の自己紹介動画を撮り、声を確認しようとして再生すると、語尾や息遣いまで気になってくる。

今度は同じ録音を、十年後の自分が聞いたとしたらどうでしょう。「若いなあw」と思うかもしれません。声の印象を決めているのは、音の振動だけではなさそうです。何を確かめようとしているか、どんな自分を予想していたか、いつ聞いているか。条件が違えば、注目するところも変わります。

出来事にあとから意味が加わる過程は、出来事と「意味づけ」を分けて考える記事でも扱っています。

「私の声」と思っていたものは、誰が聞いていた声?

さらに面白いのは、私たちは録音を聞くまでは、自分の声を疑わずに「これが私の声」だと思っていたことです。普段聞いている声が偽物だったわけではありません。録音が唯一の本物だという話でもありません。

自分が発声中に聞く声にも、録音を再生して聞く声にも、それぞれの条件があります。そして、どちらを「いつもの自分らしい」と感じるかにも、慣れや期待が関わります。

自分についての感覚は、案外こういう小さなところにもありますね。声という、毎日付き合っているものですら、条件を変えると別の顔を見せるのですから。

「変だ」と思ったあとにも、何かが起きる

録音を聞いて「なんだこの声w」と笑った。それで終わることもあります。けれど、誰かに動画を見せる場面なら「この声で変に思われないかな」と不安になることもあるでしょう。

ここには少なくとも、音の違いに気づくこと、その違いへの感想、感想を受けて起きる次の反応があります。例えば、恥ずかしいと思うことと、恥ずかしがる自分を責めることも別です。

反応がさらに反応を呼ぶ仕組みは、反応と自分を分けて見る「観察点」の記事につながります。録音された声を好きになる努力をしなくても、起きていることを順番に眺めるだけで、なかなか興味深いものです。

自分の声ひとつで、認識の話になる

自分の声は変わっていないと思っていたのに、聞こえる経路が変わると印象が変わる。その印象をどう受け取るかによって、笑い話にも、発見にも、気がかりにもなる。

つまり「自分の声って変だな」という、たった一言の中にも、音の仕組みと認識の仕組みが重なっているんですね。

言葉そのものの音と受ける印象の関係が気になった方は、「ブーバ・キキ」と音象徴を扱った記事も面白い入口になります。こちらは声の録音ではなく、音と意味の結びつきについての別の問いです。

よくある質問

録音した声のほうが、本当の自分の声ですか?

自分が話しているときと、録音を再生したときでは音の伝わる経路が異なります。録音の音も機器や環境に左右されるため、一方だけを唯一の「本当の声」とするより、聞く条件が違うと考えるほうが正確です。

自分の録音した声を嫌だと感じるのは、自己肯定感が低いからですか?

それだけで判断できません。まず普段聞き慣れた声との違いがあり、そこに驚きや好み、過去の経験などが重なることがあります。録音が苦手という反応だけから人格や自己評価を決めることはできません。

声の違いに慣れれば、必ず好きになれますか?

何度か聞いて違和感が小さくなる人もいるでしょうが、好きになることを保証するものではありません。慣れと好みは別の話です。声への評価を変えることを目標にせず、どんなときに何が気になるのか観察してみるのも一つの楽しみ方です。

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この記事を書いた人

そとがわメソッド開発者。心理学・自己啓発・潜在意識などを学んでも自己否定が終わらなかった自身の経験から、「自分を変える前に、何が起きているのかを見る」そとがわメソッドを開発。著書『自分を否定しない練習』。
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