同じ音なのに、気になるときと気にならないときがあるのはなぜ?|時計の音から見る認識の不思議

部屋で本を読んでいると、時計の「カチ、カチ」が急に気になり始めることがあります。さっきまで同じ部屋にいたのに、いつから鳴っていたんでしょう。

不思議なのは、時計が急に大きな音を出したわけではないことです。一度気づくと、今度はその音を待ってしまう。「次、鳴るぞ」と思った瞬間に、ちゃんと鳴る。時計としては何ひとつ変わっていないのに、こちらはすっかり忙しいw

では、私たちが「うるさい」と感じるとき、そこでは何が起きているのでしょうか。

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同じ音でも、気になるときと気にならないときがある

たとえば換気扇。料理をしているときには気にならないのに、食事を終えて静かに座った途端、低い音が耳につくことがあります。冷蔵庫の作動音も、誰かと話している間は意識しなくても、眠ろうとすると急に存在感を増す。

音の大きさがまったく変わっていないかは測定しなければ分かりません。ただ、少なくとも「音があること」と「その音が気になること」は同じではなさそうです。

ここで、条件を一つずつ変えてみましょう。

条件1:いま、何をしようとしているか

昼間、洗濯機が回っている音を聞きながら片づけをしている。そんなときは、洗濯機の音は「いつもの音」かもしれません。ところが、同じ音の近くで電話の声を聞き取りたいなら、今度は邪魔に感じる可能性があります。

音そのものに加えて、その場で自分が何をしようとしているかが、音の意味を変えているわけです。眠りたいときの物音と、お祭りを楽しんでいるときの物音では、同じデシベルでも受け止め方が違いそうですね。

条件2:その音を何の音だと思っているか

夜中に「コツン」と音がしたとします。窓の外に落ちた木の実だと分かれば、そこで気にならなくなることもあるでしょう。ところが、出どころが分からないままだと、「何の音?」「また鳴る?」と耳を澄ませるかもしれません。

ここでは、聞こえた音に「正体が分からない」という情報が加わっています。音の物理的な性質とは別に、何が起きたと考えたかによって、次の反応が違ってくる。

これは「気にしすぎ」という人格の話ではなく、そのときの情報と予測を分けて見る話です。出来事と意味づけについては、出来事より「意味づけ」が苦しさを大きくするとはどういうこと?でも詳しく扱っています。

条件3:自分で止められるか

同じ音楽でも、自分で選んで再生した曲と、隣の部屋から何度も聞こえてくる曲では、感じ方が変わることがあります。好きな曲なのに、隣から流れてくると気になる。なかなか興味深いところです。

自分で音量を変えられるのか、いつ終わるか分かるのか、今ここから離れられるのか。「音が好きか嫌いか」だけでは説明しきれない条件が並びます。もちろん、実際に睡眠を妨げる騒音や危険な音は、感じ方だけの問題ではありません。環境への対処が必要になることもあります。

気になり始めた音に、さらに反応する

時計の音に話を戻しましょう。

①「カチ、カチ」という音が聞こえる。②「なんか気になる」と感じる。③「気にしないようにしよう」と考える。④それでも聞こえて、「まだ気にしてる!」となる。

ここで増えているのは音ではなく、音への反応と、その反応への反応かもしれません。最初に音が気になったことと、「気になる自分を何とかしたい」と思うことは別の出来事です。

とはいえ、これは毎回必ず起きる順番ではありません。気になっても、そのまま別のことを始めたら忘れていた、ということもあるでしょう。どの条件が揃うと次の反応が必要になるのか。そこを見ると、同じ人の中にある違いまで観察できます。

反応が二重になる仕組みは、不安になる自分が嫌になるのはなぜ?でも別の角度から扱っています。

「気になる」を消そうとしなくても、観察できることがある

ここで試しに、身の回りの音を一つ思い浮かべてみてください。エアコン、車の走行音、誰かの足音。

それを聞いたときに「音がした」以外の何が一緒に起きているでしょう。何かを邪魔されたのか、音の正体が分からないのか、次に鳴るのを待っているのか。それとも、音よりも「気になってしまった」という自分の反応のほうが気になっているのか。

別に、音を好きになる必要も、気にならない自分になる必要もありません。ここで面白いのは、音を聞いているつもりの瞬間に、私たちは音だけを受け取っているわけではなさそうだということです。

同じ時計が同じ場所で鳴っている。それなのに、読書中、電話中、就寝前では、私たちの中に現れる「時計の音」がまるで違う。人間の現実って、ずいぶん手が込んでいますねw

よくある質問

音が気になるのは、神経質だからですか?

その一言では決められません。音量、環境、睡眠状態、いまの作業、音の予測など、さまざまな条件が関係します。音が気になるという事実だけで人格を評価することはできません。

気になる音は、意識しなければ消えますか?

音そのものが消えるとは限りません。また、意識しないようにする努力が、かえってその音を確かめる行動につながる場合もあります。まず「聞こえたこと」と「聞こえた後に何を考えたか」を区別すると、起きていることが見えやすくなります。

騒音がつらいときも、意味づけだけを見ればいいですか?

いいえ。実際の騒音、睡眠妨害、健康や安全に関係する音なら、音源や生活環境への対処も大切です。認識を観察することと、現実の問題を改善することは両立します。

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音そのものと、その意味や反応を分けて見る話から、さらに「自分の中で起きていること」の見方へ。

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この記事を書いた人

そとがわメソッド開発者。心理学・自己啓発・潜在意識などを学んでも自己否定が終わらなかった自身の経験から、「自分を変える前に、何が起きているのかを見る」そとがわメソッドを開発。著書『自分を否定しない練習』。
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