目の前に、電話番号が書かれた名刺があります。
普段なら、それを読んで電話をかけるだけです。
ところが、ある脳科学者は、名刺を目の前にしても、書かれている数字が理解できなくなりました。
文字があることは分かる。
形も見えている。
でも、それが何を意味するのか分からない。
さらに、自分の頭の中でいつも働いていた言葉まで、失われていきました。
それでも、意識の中では不思議な体験が続いていたといいます。
これは、脳科学者ジル・ボルト・テイラー博士が、自身の脳卒中について語った体験です。
私たちが当たり前に経験している世界は、脳のどんな働きによって成立しているのでしょうか?
今回は、彼女の体験と神経科学の研究を手がかりに、人間の認識について考えてみます。
ジル・ボルト・テイラー博士とは?
ジル・ボルト・テイラー博士は、アメリカの神経解剖学者です。
脳の構造や働きを研究していた彼女は、1996年12月10日、37歳のときに脳卒中を発症しました。
原因は、脳の血管の異常による出血でした。
出血は脳の左半球で起こり、言葉を理解したり話したりする働きなどに深刻な影響を及ぼしました。
本人によると、発症から約4時間のうちに、歩く、話す、読む、書く、記憶を思い出すといった能力が大きく損なわれていきました。
その後、回復には約8年を要したといいます。
彼女はこの体験を、著書『奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき―』や、2008年のTED講演 My stroke of insight で紹介しています。
脳について研究していた人が、自分自身の脳の働きが変化する様子を体験した。
しかも、そのときの認識の変化を、後に言葉で語ることができた。
そこに、この話の大きな特徴があります。
→ TED公式講演「My stroke of insight」を見る
名刺の文字が、文字として理解できなくなった
TED講演の中でも、特に印象的な場面があります。
彼女は助けを求めようとして、仕事関係の名刺を探しました。
いつも使っている名刺です。
本来なら、名前や電話番号を見つけて、電話をかければいいだけでした。
ところが、名刺を見ても、それが自分の名刺なのか判断できません。
本人は、文字や背景、記号などが細かな画素のように見え、区別できなくなったと語っています。
ときどき物事がはっきり理解できる瞬間が訪れるものの、再び分からなくなる。
名刺を探し出すだけでも、大変な時間がかかりました。
そして、ようやく電話番号を見つけても、今度は数字を理解することができません。
そこで彼女は、名刺に書かれた数字の形と、電話機のボタンに書かれた数字の形を、一つずつ照らし合わせようとしました。
数字として理解することはできなくても、目に見える形を手がかりにすることはできたのです。
ここが面白いところです。
私たちは普段、「3」という文字を見たとき、それが数字の3であることをいちいち考えていません。
「3という形がある」
「これは数字だ」
「数量を表す」
そんな理解が、ほとんど一瞬で成立しています。
でも、その働きが損なわれると、同じ文字が目の前にあっても、いつものようには理解できなくなることがある。
つまり、目に情報が入ってくることと、それが何であるかを理解することは、同じではないのです。
頭の中で話している「声」が消えるとは?
もう一つ、彼女が語った重要な変化があります。
それは、頭の中で続いていた言葉が失われていったという体験です。
私たちも日常的に、こんなことを考える場合があります。
「明日は早く起きなきゃ」
「あの人、どうしてあんなことを言ったんだろう」
「さっきの返事、変だったかな」
「今度はこうしよう」
声に出しているわけではありません。
でも、頭の中で言葉を使って考えています。
このような働きは、心理学では内言(ないげん)と呼ばれます。
内言には個人差があり、考えるときにいつも明確な言葉を使っているとは限りません。
それでも、言葉は多くの人にとって、物事を整理したり、予定を立てたり、自分について考えたりするための重要な手段です。
テイラー博士は、脳卒中によって、その内側の言葉が失われていくような体験を語っています。
ここで、一つ疑問が生まれます。
頭の中の言葉がなくなったとき、私たちが普段感じている「自分自身」はどうなるのでしょうか?
自分と周囲の境界が曖昧になるという体験
テイラー博士は、言葉の働きが失われる中で、普段とは異なる自己感覚を経験したと語っています。
自分の身体と周囲の世界との境界が、曖昧になったように感じた。
時間についての感覚も変わった。
そして、深い安らぎや、周囲と一体になっているような感覚を経験したといいます。
普段、私たちは自分の身体がどこまでで、周囲の世界がどこからなのかを、特に考えることなく感じています。
自分には過去があり、未来がある。
昨日の自分も、明日の自分も、同じ「私」だと感じています。
ところが、彼女の体験では、その当たり前の感覚が大きく変化しました。
ここで興味深いのは、彼女が経験したのが言語能力の変化だけではなかったということです。
世界をどのように感じるかだけでなく、「その世界を経験している私」という感覚まで変わったと語っているのです。
もちろん、これは彼女自身が報告した主観的な体験です。すべての脳卒中患者に同じ変化が起こるわけではありません。
では、頭の中で言葉を使うことと、自分自身を認識することには、どんな関係があるのでしょうか。
「頭の中の言葉」と「自分という感覚」の関係を調べた研究
実は、テイラー博士の体験は、心理学の研究でも取り上げられています。
2009年、心理学者アラン・モラン(Alain Morin)は、彼女の体験記をもとに、内言と自己認識との関係を検討した論文を発表しました。
論文のタイトルは、
Self-awareness deficits following loss of inner speech: Dr. Jill Bolte Taylor’s case study
日本語にすると、「内言の喪失に伴う自己認識の障害:ジル・ボルト・テイラー博士の事例研究」という内容です。
モランは、彼女が内言を失った体験と、身体についての認識、個人としての感覚、自伝的な記憶、自分に向けられる感情などの変化に注目しました。
例えば、頭の中で、
「私は昨日、こんなことをした」
「私はこういう人間だ」
「さっきの自分の行動はどうだっただろう」
と振り返ることがあります。
こうした言葉は、単に出来事を説明するだけでなく、自分自身について考えるためにも使われています。
さらに、過去の出来事を思い出したり、未来の自分を想像したりすることにも関わります。
私たちは普段、そうした働きを通して、いろいろな出来事を「私の経験」として結びつけているのかもしれません。
では、その言葉を使う働きが失われたら、自分について振り返る感覚も変わるのでしょうか。
モランの論文は、内言と自己認識の間に重要な関係がある可能性を論じています。
この研究は、本人の体験記を分析した事例研究です。内言だけが自己認識を生み出していると証明したものではありませんが、普段は一つに感じられる「考えること」と「自分を認識すること」の関係を考える材料になります。
「右脳は幸せ、左脳は不安」という理解でいいの?
テイラー博士の話は、右脳と左脳の違いとして紹介されることがあります。
彼女自身もTED講演で、右半球を現在の感覚的な体験と、左半球を言語や過去・未来の思考と結びつけて説明しています。
一方、神経科学では、脳の左右の働きについて、もう少し複雑なことが分かっています。
例えば、多くの人では言語機能が左半球と密接に関わっています。
空間的な注意や知覚などについては、右半球が重要な役割を担う場合があります。
ただし、それは、
「左脳は論理だけを担当する」
「右脳は感覚だけを担当する」
「左脳が不安を作り、右脳が幸せを作る」
という単純な分担を意味しません。
実際、2013年に1,011人の脳画像データを分析した研究でも、特定の機能の左右差は認められる一方、人間を全体として「右脳型」「左脳型」に分類できるという仮説は支持されませんでした。
脳の働きには、左右の複数の領域や、その間のネットワークが関係しています。
ここで大切なのは、テイラー博士が経験したことを否定する必要も、彼女の解釈をそのまま脳全体の法則として考える必要もないということです。
本人が経験したことと、その体験についての本人の解釈、そして神経科学の研究で確認されていること。
それぞれを分けてみることで、同じ体験についても、いろいろな角度から考えることができます。
→ Nielsenほか(2013)左右脳仮説についての脳画像研究
頭の中の言葉は「自分そのもの」なのだろうか?
ここからは、そとがわメソッドの視点で考えてみましょう。
例えば、仕事で誰かに注意されたとします。
その出来事のあと、頭の中でこんな言葉が浮かぶことがあります。
「また失敗した」
「私は仕事ができない」
「きっと嫌われた」
言葉が浮かんだとき、それが自分自身の考えとして感じられるかもしれません。
そして、その言葉を通して出来事を受け取ることで、落ち込みや不安が生まれる場合があります。
ここで、少し分けてみます。
実際の出来事: 職場で注意を受けた。
頭の中に浮かんだ言葉: 「私は仕事ができない」
加わった意味: 自分には能力がないのかもしれない。
生まれる反応: 落ち込む。次の失敗が怖くなる。
注意を受けたことと、「自分には能力がない」という結論は、同じではありません。
でも、普段はそれらが一つの出来事として経験されることがあります。
では、少し違う言葉が浮かんだらどうでしょう。
「次はこうしてみよう」
「何が原因だったんだろう?」
同じように注意を受けたとしても、そこから生まれる意味や反応は変わるかもしれません。
ここで注目したいのは、どの考え方が良いか悪いかではありません。
同じ出来事でも、頭の中でどんな言葉が生まれ、それをどう受け取るかによって、体験が変わることがあるということです。
テイラー博士の体験は、こうした日常の反応を直接証明するものではありません。
ただ、彼女の体験から、普段は当たり前に使っている言葉の働きに目を向けることはできます。
私たちは、頭の中に浮かんだ言葉を、どのように自分や現実についての理解につなげているのでしょうか。
頭の中の言葉は、何をしてくれているのだろう?
ここまで、言葉が失われたことで変化した体験を見てきました。
では、普段私たちが使っている言葉には、どんな働きがあるのでしょうか。
例えば、今朝の出来事を誰かに説明するとします。
「朝起きて、コーヒーを飲んで、駅まで歩いた」
言葉を使うことで、いくつもの出来事を順番に整理できます。
あるいは、明日の予定について、
「午前中に買い物を済ませて、午後は仕事をしよう」
と考えることもできます。
何かが起きたときには、
「あれはどういう意味だったんだろう?」
と振り返ることもできます。
言葉は、出来事を整理するためにも、未来を想像するためにも、自分自身について考えるためにも使われています。
テイラー博士は、そうした言葉の働きが失われたことで、助けを求めることさえ難しくなりました。
その一方で、普段とは違う自己感覚や世界の体験を報告しています。
この両方を考えると、言葉というものの面白さが見えてきます。
言葉は、私たちが世界を理解するための手段であると同時に、世界をどのように経験するかにも関わっているのかもしれません。
例えば、頭の中に「嫌われたかもしれない」という言葉が浮かんだとき。
その言葉をきっかけに、相手の表情や返信の遅さが気になり始めることがあります。
まだ何も確認していなくても、その予測に応じた反応が生まれる。
そう考えると、普段何気なく行っている「考える」という働きにも、観察できることがたくさんありそうです。
そとがわメソッドで大切にしているのも、思考を無理に止めたり、違う考え方に置き換えたりすることではありません。
考えているとき、自分の中で何が起きているのかを知ること。
その視点から見ると、頭の中の言葉も、人間の認識や反応を知るための興味深い題材になります。
人間の認識や反応の仕組みに興味がある方へ
そとがわメソッドの無料講座では、出来事と意味づけを分けながら、人間の反応や行動がどのように成立するのかを、日常の例を使って説明しています。
「私」という感覚は、どこから生まれるのだろう?
今、あなたはこの記事を読んでいます。
文章を目で追っている。
書かれている日本語を理解している。
内容について、何かを感じたり考えたりしている。
そのとき、普段はあまり意識していないさまざまな働きが関わっています。
文字を見分けること。
意味を理解すること。
自分の経験と結びつけること。
頭の中で言葉を使うこと。
そして、そうした体験を「私が経験している」と感じること。
私たちは、これらを一つひとつ意識しなくても、文章を読むことができます。
さらに、読んだ内容について、
「これは知っている」
「これはよく分からない」
「私はこう思う」
と考えることもできます。
でも、その「私はこう思う」という感覚は、どのように生まれているのでしょうか。
テイラー博士の体験は、普段は一つに感じられる言葉や記憶、自己感覚などが、変化し得ることを考えるきっかけになります。
そして、ここまでの話を振り返ると、最初の名刺のエピソードがまた違って見えてきます。
名刺の数字が見えているのに、数字として理解できない。
頭の中で考えようとしても、いつものように言葉が生まれない。
自分と周囲の境界さえ、普段とは違って感じられる。
私たちが当たり前に「私が見ている」「私が考えている」「私が感じている」と呼んでいる体験も、さまざまな働きによって成立しているのかもしれません。
そう考えると、脳について研究していた彼女が、自分自身の体験を通して何を発見したのか、もう少し知りたくなってきませんか?
よくある質問
Q. ジル・ボルト・テイラー博士は、本当に脳卒中を経験したのですか?
はい。1996年に左大脳半球の脳出血を経験し、本人の著書やTED講演でその経過を語っています。
彼女は脳科学者としての知識をもとに、自身の認識や感覚の変化について説明しています。
Q. 左脳の働きが弱くなると、幸せになるのですか?
脳の左半球と右半球には、機能の違いがあります。
ただし、左脳が不安を生み、右脳が幸福を生むという単純な分担ではありません。
テイラー博士が経験した安らぎや一体感は、本人が報告した体験として考えることができます。
Q. 内言とは、頭の中で聞こえる声のことですか?
頭の中で言葉を使って考える働きを指します。
音としてはっきり聞こえるように感じる人もいれば、そうでない人もいます。
内言のあり方には個人差があります。
Q. 頭の中の言葉がなくなると、自分という感覚もなくなるのでしょうか?
内言と自己認識には関係があると考えられていますが、両者が完全に同じという意味ではありません。
人間の自己認識には、身体感覚や記憶など、さまざまな働きが関わっています。
テイラー博士の事例は、その関係を考えるための興味深い材料になっています。
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参考文献・資料
- Jill Bolte Taylor(2008)My Stroke of Insight: A Brain Scientist’s Personal Journey. 日本語版『奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき―』(竹内薫訳、新潮社)。著者公式サイト
- Jill Bolte Taylor(2008)My stroke of insight. TED講演。TED公式動画
- Morin, A.(2009)“Self-awareness deficits following loss of inner speech: Dr. Jill Bolte Taylor’s case study.” Consciousness and Cognition, 18(2), 524–529. 論文
- 伊藤文人・藤井俊勝(2016)「優位半球・劣位半球」『脳科学辞典』。解説
- Nielsen, J. A., et al.(2013)“An Evaluation of the Left-Brain vs. Right-Brain Hypothesis with Resting State Functional Connectivity Magnetic Resonance Imaging.” PLOS ONE, 8(8), e71275. 論文
まとめ|当たり前に経験している「私」と世界の仕組み
電話番号を見れば、数字だと分かる。
文章を読めば、意味が分かる。
頭の中に言葉が浮かべば、自分が考えていると感じる。
普段は意識しない、当たり前のことです。
でも、テイラー博士の体験からは、その当たり前がさまざまな脳の働きに支えられていることを考えられます。
そして、こんな問いも生まれます。
私たちは、頭の中に浮かぶ言葉を、どのように「自分」や「現実」についての理解にしているのでしょうか?
すぐに答えを決める必要はありません。
普段は当たり前すぎて気づかないところにも、人間の認識の仕組みがあります。
それを知ることで、いつもの考えや反応が、少し違ったものとして見えてくるかもしれません。
そとがわメソッドでは、こうした人間共通の認識や反応の仕組みを、日常の出来事やさまざまな研究・体験を通して観察していきます。

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