そとがわメソッドにおける「統合」とは
不安になる。
怒る。
怖くなる。
人の目が気になる。
断れない。
考えすぎる。
自分を責める。
こうした反応が起きると、
「こんな反応はなくしたい」
「もっと違う自分になりたい」
と思うことがあります。
でも、
そとがわメソッドでいう、
「統合」
は、
反応をなくすことではありません。
その反応が、
どうして起きているのか。
何を危険としているのか。
どんな自動プログラムが動いているのか。
なぜ、
その反応や行動が必要になっているのか。
それが見えてくると、
それまで、
「なくさなければ」
「こんな自分ではダメ」
と思っていた反応を、
否定しなくてよくなる。
自分を責めなくてよくなる。
反応と戦わなくてよくなる。
反応がなくなるのではなく、
反応への反発が、
必要なくなっていく。
そとがわメソッドでは、
そのような状態を、
統合
と呼んでいます。
統合は、反応がなくなることではない
統合したら、
不安にならない。
怒らない。
怖くならない。
自分を責めない。
ということではありません。
反応は、
これからも起きます。
嫌なことがあれば、
嫌だと感じる。
怖いことがあれば、
怖くなる。
腹が立つことがあれば、
怒りも出る。
それは、
人間に起きる反応です。
統合によって、
必ずしも、
反応そのものが変わるわけではありません。
変わるのは、
その反応との、
関係や距離
であることがあります。
同じ不安があっても、同じ状態とは限らない
たとえば、
不安が起きたとします。
以前は、
不安になる。
↓
「また不安になった」
↓
「なんで私はこんなに弱いんだろう」
↓
「このままじゃダメ」
↓
さらに不安になる。
ということがあったかもしれません。
でも、
その不安が、
なぜ起きているのか。
何を危険だと感じているのか。
それが見えてくると、
不安が起きても、
「ああ、今これを危険だと感じているんだな」
と見られることがあります。
不安そのものは、
まだある。
身体も緊張している。
それでも、
以前のように、
不安と完全に一つになっているわけではない。
不安が、
自分の中で起きているもの
として見えています。
同じ不安でも、
反応との距離が違います。
理由が分かると、反応の見え方が変わる
たとえば、
誰かに断ることが怖い。
ただ、
「私は断れない」
とだけ見ていると、
弱い自分。
変われない自分。
意志の弱い自分。
という話になるかもしれません。
でも、
実際に見てみると、
断る。
↓
嫌われるかもしれない。
↓
関係が悪くなるかもしれない。
↓
居場所を失うかもしれない。
という予測が、
その人の中で動いているかもしれません。
すると、
「断れない自分はダメ」
だけではなく、
「断ることを危険として扱う反応があるんだな」
と見えてきます。
同じ反応でも、
見え方が変わります。
反応には、その反応が必要になった理由があることがある
不安。
怒り。
考えすぎ。
頑張りすぎ。
逃げる。
黙る。
断らない。
何度も確認する。
そうした反応や行動には、
その人の中で、
必要になった理由があることがあります。
危険を避けるため。
傷つきを避けるため。
人間関係を維持するため。
失敗を避けるため。
居場所を守るため。
安心できる状態を保つため。
ただし、
すべての反応について、
「必ず何かを守っている」
と先に決めるわけではありません。
実際に何が起きているのかを見る。
その中で、
なぜその反応が必要になっているのかが、
見えることがあります。
分からない反応は、自分の欠陥に見えやすい
なぜこんなに不安になるのか。
なぜまた同じことをするのか。
なぜ普通にできないのか。
何が起きているのか分からないと、
「自分そのものに問題がある」
ように感じることがあります。
でも、
仕組みが見えてくると、
「おかしな自分」
ではなく、
「この条件で、この反応が起きている」
と見られるようになります。
反応が、
自分全体の評価ではなく、
自分の中で起きているものとして、
見えるようになります。
否定しないように頑張るのではない
統合は、
「否定しないようにしましょう」
という新しい課題ではありません。
「否定しちゃダメ」
と思えば、
今度は、
否定した自分を否定することがあります。
不安になった。
↓
不安になる自分はダメ。
↓
そんな自分を否定してはいけない。
↓
また否定してしまった。
↓
私は全然できていない。
これでは、
反発が一段増えています。
統合は、
否定しない人になることではありません。
否定する反応が起きたなら、
その否定も含めて見る。
なぜ否定する必要があるのか。
そこを見ることができます。
否定する反応にも、仕組みがある
たとえば、
不安になった自分を、
「こんなことで不安になるなんてダメ」
と否定したとします。
そこにも、
何かがあるかもしれません。
不安でいると、
失敗すると思っている。
不安な自分では、
人から認められないと思っている。
早く立て直さないと、
危険だと感じている。
だから、
不安をなくそうとする。
そうであれば、
不安を否定する反応そのものにも、仕組みがあります。
否定が出たから、
統合できていないのではありません。
その否定さえ、
また見ていくことができます。
そして、
なぜ否定する必要があるのかが見えれば、
否定する必要そのものがなくなっていくことがあります。
反応を肯定する必要もない
統合は、
ネガティブな反応を、
「素晴らしい」
「必要だった」
「これでいい」
と、
無理に肯定することでもありません。
嫌なものは、
嫌でも構いません。
腹が立つものは、
腹が立つ。
怖いものは、
怖い。
許せないものは、
許せない。
そういう状態もあります。
統合は、
それらを好きになることではありません。
そこにあるものを、存在してはいけないものとして扱う必要がなくなること
です。
許さなければならないわけでもない
過去の自分。
誰かにされたこと。
今も残っている怒り。
そうしたものについても、
無理に、
許す必要はありません。
許せないなら、
今、
許せないという反応があります。
「早く許さなければ」
「許せない私は未熟だ」
とすると、
今度は、
許せない自分への反発が始まります。
許すことと、
統合は、
同じではありません。
許せないものがあるなら、
まず、
許せない自分を責める必要がなくなる。
それでいいのです。
理解することと、正当化することは別
反応に、
理由があると分かること。
それと、
どんな行動でも、
正しいことにするのは別です。
怒りが起きた。
そこには、
何かを守る反応があったかもしれません。
でも、
だから、
相手を傷つけていい、
ということではありません。
逃げた。
そのときには、
逃げることが必要だったかもしれません。
でも、
現実的な問題が残っているなら、
それは別に扱います。
反応の仕組みを理解すること
と、
現実でどう行動するか
は、
分けて考えます。
理由が見えると、「今も必要?」を確認できる
たとえば、
「断ると嫌われる」
という反応がある。
過去には、
実際に、
断ったことで関係が悪くなった経験があったかもしれません。
だから、
断らないことが、
その人にとって必要だった。
でも、
今の人間関係でも、
同じことが起きるのでしょうか。
今も、
断らないことが必要なのでしょうか。
別の方法はないのでしょうか。
反応を敵として、
消そうとしているときより、
その反応が今も必要なのか
を、
確認しやすくなります。
必要が変われば、反応も変わることがある
以前は、
断ることが危険だった。
でも、
今は断っても、
関係が壊れなかった。
頼っても、
拒絶されなかった。
失敗しても、
すべてを失わなかった。
そうした経験が増えると、
以前の危険予測が、
今までと同じようには成立しなくなることがあります。
すると、
「反応を変えなきゃ」と頑張る必要そのものがなくなり、
結果として、
反応が変わっていくことがあります。
ただし、
反応が変わることが、
統合の目的ではありません。
変わることもある。
変わらないこともある。
どちらでも、
今起きていることを見ることはできます。
統合は、「全部が一つになる」という特別な状態ではない
「統合」という言葉から、
すべてが調和する。
迷いがなくなる。
ネガティブなものがなくなる。
完全な自分になる。
というイメージを持つことがあるかもしれません。
そとがわメソッドでいう統合は、
そういう完成状態を意味していません。
不安もある。
怒りもある。
怖さもある。
否定する反応もある。
いろいろなものが、
そのまま自分の中にある。
でも、
その一部だけを、
「これはいらない」
「これは消さなければならない」
「こんな自分ではダメ」
と、
自分の外へ追い出そうとする必要がなくなる。
自分の中にあるものとして、そのまま見られる。
反発する必要がなくなれば、
それはもう、
自分から切り離しておく必要のないものになります。
そとがわメソッドでは、
それを、
統合
と呼んでいます。
「統合できているか」を採点する必要もない
統合という言葉を知ると、
今度は、
「私は統合できている?」
と、
採点したくなることがあります。
否定が出た。
↓
統合できていない。
また不安になった。
↓
まだダメ。
となれば、
統合そのものが、
新しい評価基準になります。
そしてまた、
自分を責め始めます。
でも、
その採点する反応にも、
仕組みがあります。
だから、
採点する自分を、
さらに責める必要はありません。
そのときも、
「今、何が起きている?」
と見ればいい。
統合は、
合格するものではありません。
否定しなくてよくなる。責めなくてよくなる。戦わなくてよくなる。
不安がある。
怒りがある。
怖さがある。
否定する反応もある。
それらが、
なぜ起きているのかを見る。
何を危険としているのかを見る。
どんな自動プログラムが動いているのかを見る。
なぜその反応が、
必要になっているのかを見る。
その反応との距離が変わる。
すると、
その反応を否定しなくてよくなる。
そんな反応をする自分を責めなくてよくなる。
反応と戦わなくてよくなる。
「否定しないようにする」
のではありません。
「責めないようにする」
のでもありません。
「戦わないようにする」
のでもありません。
否定する必要がなくなる。
責める必要がなくなる。
戦う必要がなくなる。
反発する必要そのものが、
なくなっていく。
だから、
起きているものを、
そのまま自分の中にあるものとして、
見られるようになります。
そして、中庸から選べる
反応を否定する必要がなくなる。
自分を責める必要がなくなる。
反応と戦う必要がなくなる。
だからといって、
その反応の言う通りに、
行動しなければならないわけでもありません。
反応があることを知りながら、
現実に何が起きているのかを見る。
そのうえで、
自分はどうしたいのかを見る。
そとがわメソッドでは、
そこから、
中庸の状態から選択する
というところへつながります。
不安があるから、
必ず安全な方を選ばなければならないわけでもない。
不安を乗り越えるために、
必ず危険な方を選ばなければならないわけでもない。
安全を選んでもいい。
挑戦してもいい。
何もしなくてもいい。
今は決めない、
でもいい。
反応を消さなくても、
反応と戦わなくても、
自分で選べる。
そこが、
そとがわメソッドが目指しているところです。
そとがわメソッドにおける「統合」
反応がなくなるわけではありません。
でも、
なぜその反応があるのかが分かると、
その反応を否定しなくてよくなる。
自分を責めなくてよくなる。
反応と戦わなくてよくなる。
反応への反発が、
必要なくなっていく。
すると、
それまで、
「自分から切り離したいもの」
として扱っていた反応も、
自分の中で起きているものとして、
そのまま見られるようになります。
そして、
反応があっても、
自分で選べる。
それが、
そとがわメソッドでいう、
「統合」
です。
統合は、幸せになるために何かを足すことではない
そとがわメソッドでは、人間の初期設定を、
「苦しくない。なんか幸せ」
という、ニュートラルな幸福状態として捉えています。
不安になる。
怖くなる。
腹が立つ。
そうした反応が起きること自体が、問題なのではありません。
その反応に、
「こんな自分ではダメ」
「早く変わらなければ」
「この反応をなくさなければ」
という判断が重なることで、さらに苦しさが生まれることがあります。
そして、その判断にもまた反応が重なっていく。
統合は、そうした反応を力ずくで取り除くことではありません。
なぜその反応が起きているのか。
なぜ否定する必要があったのか。
それが見えてくることで、否定や反発を続ける必要がなくなっていくことがあります。
幸せになるために何かを足すのではなく、苦しさとして重なっていたものが必要なくなっていく。
何かを達成したから幸せになるのではなく、もともとのニュートラルな幸福状態へ戻っていく。
そとがわメソッドが統合を扱うのも、そのためです。
統合そのものが、達成しなければならない新しい目標ではありません。
理論を、日常で使ってみる
ここまでの理論は、
覚えるためのものではありません。
出来事と、
そこに足されたものを分ける。
一次反応と、
二次反応を見る。
自動反応を見る。
なぜ、
その反応が必要になっているのかを見る。
自分の中で、
実際に何が起きているのかを観察する。
アバターと、
それを守る自動プログラムを見る。
自分が、
どこからそれを見ているのかを見る。
そして、
反応を、
否定したり、
責めたり、
戦ったりする必要があるのかを見る。
この理論は、
人間の仕組みを見るための地図
です。
実際に自分の中で、
何が起きているのかを見てみたい方は、
無料講座から進んでください。
理論一覧へ戻る
ここまで、そとがわメソッドで使っている9つの基本的な見方を紹介してきました。
出来事と意味づけを分けること。
反応がどのように起き、何が重なるのかを見ること。
なぜその反応が必要になったのかを知ること。
そして、反応を否定する必要がなくなっていくこと。
これらは、正しく覚えるための理論ではありません。
人間の中で何が起きているのかを理解し、必要以上の苦しさを重ねずに生きるための道具です。

前のページに戻る
反応を否定する必要がなくなっていく前に、自分がどこからその反応を見ているのか。
その「見る位置」についてはこちらで紹介しています。
無料講座で、もう少し詳しく見てみる
不安になる。
怒る。
自分を責める。
そして、そんな自分をさらに否定する。
私たちは、気づかないうちに反応を重ねていることがあります。
でも、何が起きていて、何が重なっているのかが分かれば、これまでとは違う見方ができるかもしれません。
そとがわメソッドの無料講座では、まず出来事と意味づけを分けるところから、人間の認識と反応の仕組みを説明しています。
自分を変える方法を増やす前に、自分を苦しくさせているものが何なのか。
そこから見てみませんか。
