反応は、最後に行動として外に出る
もう確認しすぎるのをやめたい。
黙り込むのをやめたい。
我慢しすぎるのをやめたい。
相手に合わせすぎるのをやめたい。
感情的に反応するのをやめたい。
そう思っているのに、気づいたらまた同じ行動をしてしまう。
そんな経験はありませんか?
この時間では、繰り返してしまう行動を「意志の弱さ」として責めるのではなく、その前に自分の中でどんな流れが起きているのかを見ていきます。
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やめたいのに、また同じことをしてしまう
たとえば、
不安になると、何度も確認してしまう。
言いたいことがあるのに、黙り込んでしまう。
本当は嫌なのに、我慢してしまう。
相手に合わせすぎて、あとで疲れてしまう。
強く言うつもりはなかったのに、言いすぎてしまう。
距離を取りすぎて、あとで後悔してしまう。
本当は、そんなふうにしたいわけではない。
でも気づいたら、また同じ行動をしている。
そしてそのあとで、また自分を責めてしまうことがあります。
繰り返したあと、自分を責めてしまう
またやってしまった。
どうして私は変われないんだろう。
分かっているのに、また同じことをした。
私は意志が弱いのかもしれない。
もっとちゃんとしなきゃ。
今度こそ変わらなきゃ。
でも、そう思えば思うほど、
また「できなかった自分」を確認することになります。
変わりたいのに、変われない自分を見つける。
そして行動そのものだけではなく、
「繰り返してしまう自分」まで責めてしまいます。
繰り返す行動は、いきなり出ているわけではない
でも、繰り返してしまう行動は、いきなり出ているわけではありません。
その前に、自分の中で小さな流れが起きていることがあります。
身体が反応する。
不安や怖さが出る。
「こうした方が安全かもしれない」と感じる。
そして最後に、
言葉や態度や行動として外に出る。
つまり、行動だけを見て、
「またやった」
と責める前に、
その前に何が起きていたのかを見ることが大切です。
たとえば、何度も確認してしまうとき
返信が来ない。
相手の態度が少し変わった気がする。
言葉の意味が気になる。
その瞬間に、
身体がざわついたり、
胸が重くなったり、
落ち着かなくなったりすることがあります。
そのあとで、頭の中に言葉が出てきます。
「嫌われたかもしれない」
「何か間違えたかもしれない」
「このままだと不安」
「確認したら安心できるかもしれない」
そして、
何度もスマホを見る。
相手の反応を確認する。
過去のやり取りを読み返す。
こうして、「確認する」という行動として外に出ることがあります。
たとえば、黙り込んでしまうとき
何かを言われた瞬間に、身体が固まることがあります。
胸がぎゅっとする。
喉が詰まる。
頭が真っ白になる。
言葉が出なくなる。
そのあとで、
「今言ったら、もっと悪くなるかもしれない」
「否定されたら怖い」
「これ以上傷つきたくない」
「黙っていた方が安全かもしれない」
と感じる。
そして、
言いたいことがあっても黙る。
反応しない。
距離を取る。
自分の気持ちを引っ込める。
こうして、「黙り込む」という行動として外に出ることがあります。
たとえば、我慢してしまうとき
本当は嫌だと感じている。
本当は断りたい。
本当は疲れている。
本当は助けてほしい。
でもその瞬間に、身体が緊張することがあります。
「断ったら嫌われるかもしれない」
「迷惑だと思われるかもしれない」
「わがままだと思われるかもしれない」
「関係が悪くなるかもしれない」
そう感じると、
「我慢した方が安全かもしれない」
という反応が出ることがあります。
そして、
嫌だと言えずに引き受ける。
大丈夫じゃないのに「大丈夫」と言う。
疲れているのに無理をする。
こうして、「我慢する」という行動として外に出ることがあります。
たとえば、相手に合わせすぎてしまうとき
相手の機嫌が気になる。
相手がどう思うか気になる。
嫌われたくない。
場の空気を悪くしたくない。
そんなとき、
「自分の意見を出したら、嫌がられるかもしれない」
「違うと言ったら、関係が悪くなるかもしれない」
「相手に合わせた方が安全かもしれない」
「波風を立てない方が安心かもしれない」
と感じることがあります。
そして、
本当は違うと思っていても合わせる。
相手の希望を優先する。
自分の気持ちを後回しにする。
こうして、「合わせすぎる」という行動として外に出ることがあります。
行動の前には「こうした方が安全かも」がある
ここまで見ると、繰り返してしまう行動の前には、ある共通点が見えてきます。
確認するのは、
確認した方が安心できるかもしれないから。
黙り込むのは、
黙った方がこれ以上傷つかないかもしれないから。
我慢するのは、
我慢した方が関係が壊れないかもしれないから。
合わせすぎるのは、
合わせた方が嫌われないかもしれないから。
つまり、その行動はただの悪い癖ではなく、
その瞬間の自分にとって、
「こうした方が安全かもしれない」
と感じた結果として出ていることがあります。
その瞬間は守るための行動でも、あとで苦しくなることがある
ここが難しいところです。
その瞬間は安全に見えた行動が、あとで自分を苦しくさせることがあります。
確認すれば、一瞬安心する。
でもまた不安になって、何度も確認してしまう。
黙れば、その場はやり過ごせる。
でもあとで、言えなかった自分を責めてしまう。
我慢すれば、関係は壊れない気がする。
でも自分の中に苦しさがたまっていく。
合わせれば、その場は丸くおさまる。
でもあとで、自分が分からなくなってしまう。
その瞬間は自分を守るための行動だったのに、
長く続くと、自分を苦しめる行動になることがあります。
行動だけを止めようとすると、また「できた・できなかった」になる
繰り返す行動をやめたいとき、私たちはよく行動だけを止めようとします。
「もう確認しない」
「もう黙らない」
「もう我慢しない」
「もう合わせすぎない」
「もう感情的にならない」
でも行動だけを止めようとすると、
また確認した。
また黙った。
また我慢した。
また合わせた。
また同じことをした。
と、
「できたか、できなかったか」
を見張ることになります。
すると、行動をやめたいはずなのに、
繰り返してしまう自分を何度も確認して、さらに責めてしまうことがあります。
まず見るのは「行動」だけではなく「その前」
繰り返してしまったとき、
まず見るのは行動だけではありません。
「また確認した」
「また黙った」
「また我慢した」
「また合わせた」
そこだけを見ると、
「またやった」
で終わってしまいます。
でも大切なのは、その前です。
身体はどう反応していたのか。
どんな不安や怖さが出ていたのか。
何を安全だと感じたのか。
何を避けようとしていたのか。
行動の前にある流れを見ることで、
「自分がダメだから」
以外の見方ができるようになります。
「今、いつもの反応が行動に出ているんだな」
繰り返してしまったときは、まずこう見てみます。
「今、いつもの反応が出ているんだな」
「今、不安から確認しているんだな」
「今、怖くて黙っているんだな」
「今、関係を壊したくなくて我慢しているんだな」
「今、嫌われたくなくて合わせているんだな」
こう見ることは、その行動を正当化することではありません。
「ずっとそのままでいい」という意味でもありません。
ただ、
「またやった。私はダメだ」
と責める代わりに、
「今、反応が行動に出ているんだな」
と見る。
それだけで、少し距離ができます。
責める代わりに、流れを見る
繰り返してしまう自分に気づいたとき、
大切なのは責めることではありません。
「その前に、身体はどう反応していたんだろう」
「何が怖かったんだろう」
「何を守ろうとしていたんだろう」
「何を避けようとしていたんだろう」
と見ていきます。
気づくことは、すぐに行動を変えることではありません。
でも気づけると、
行動に飲み込まれている状態から少しだけ離れやすくなります。
少しだけ間ができる
行動の前の流れに気づけると、ほんの少し間ができます。
その間に、小さな選択肢が生まれます。
「今すぐ確認しなくてもいいかもしれない」
「一度、深呼吸してから返事をしよう」
「今は黙るしかできなくても、あとで言葉にしてみよう」
「今日は少しだけ、自分の本音を見てみよう」
「合わせる前に、一度立ち止まってみよう」
大きく変えようとしなくて大丈夫です。
まずは、繰り返してしまった自分を責める前に、
その前に起きていた流れに気づく。
そこから、少しずつ選べる行動が増えていきます。
3時間目のまとめ
この時間で、まず分かればいいのは3つです。
- 繰り返してしまう行動は、弱さや性格だけで起きているとは限らない
- 行動の前には、身体の反応や不安、「こうした方が安全かも」という感じ方があることがある
- 行動だけを責める前に、その前に起きていた流れを見る
やめたいのに、また確認してしまう。
言いたいことがあるのに、黙り込んでしまう。
本当は嫌なのに、我慢してしまう。
相手に合わせすぎて、あとで苦しくなる。
そんなとき、
「また同じことをした私はダメだ」
と責める前に、
「今、反応が行動に出ているんだな」
と気づくところから始めていきます。
次の時間では
次は、
4時間目|なぜ、自分を責めてしまうのか
を見ていきます。
考えすぎる。
不安になる。
確認してしまう。
黙り込んでしまう。
我慢してしまう。
そしてそのあとで、
「またやってしまった」
「私はダメだ」
「どうして変われないんだろう」
と、自分を責めてしまうことがあります。
でも、自分責めも、
ただ自分を傷つけるために起きているとは限りません。
次の時間では、自分責めを「原因を探して安心しようとする反応」として見ていきます。