「私が悪い」にすると、対処できる気がする理由
考えすぎてしまったあと。
不安になってしまったあと。
確認してしまったあと。
黙り込んでしまったあと。
我慢してしまったあと。
私たちは、その行動だけでなく、そんな自分まで責めてしまうことがあります。
「またやってしまった」
「私はダメだ」
「どうして変われないんだろう」
本当は自分を責めたいわけではないのに、気づいたら自分に厳しい言葉を向けている。
この時間では、自分責めをただの悪い癖として見るのではなく、その奥で何が起きているのかを見ていきます。
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自分を責めたくないのに、責めてしまう
たとえば、
また考えすぎてしまった。
また不安になってしまった。
また確認してしまった。
また黙り込んでしまった。
また我慢してしまった。
また相手に合わせすぎてしまった。
そしてそのあとで、
「なんで私はこうなんだろう」
「どうして変われないんだろう」
「また同じことをしてしまった」
「私は弱い」
「私はダメだ」
と、自分を責めてしまう。
本当は責めたいわけではない。
でも気づいたら、自分に厳しい言葉を向けている。
そんなことが起きることがあります。
自分を責めたあと、さらに責めてしまう
自分を責めているとき、苦しいのはそれだけではありません。
「自分を責めちゃダメなのに」
「否定しないって決めたのに」
「また責めてしまった」
「また否定してしまった」
「こんな自分はやっぱりダメだ」
こんなふうに、責めてしまった自分までさらに責めてしまうことがあります。
自分を責める。
責めてしまった自分も責める。
否定してしまった自分も否定する。
こうなると、苦しさが何重にも重なってしまいます。
だからまず大切なのは、
「責めてしまった自分も、責めなくていい」
ということです。
自分責めは、ただの悪い癖ではない
自分を責めてしまうのは、ただあなたが弱いからではありません。
性格が暗いからでも、
前向きになれないからでも、
自分を大切にできていないからでもないかもしれません。
自分責めも、何かをしようとして出ている反応として見られることがあります。
たとえば、
原因をはっきりさせたい。
次は同じことを起こしたくない。
失敗を防ぎたい。
悪いところを直したい。
ちゃんとした自分になりたい。
そんなふうに、なんとか対処できる形にしようとして、自分を責める反応が出ることがあります。
責めることで、原因を探していることがある
自分を責めているとき、頭の中では原因探しが起きていることがあります。
「なんで私はあんなことをしたんだろう」
「どこが悪かったんだろう」
「何を間違えたんだろう」
「どうしてまた同じことをしたんだろう」
「どこを直せばいいんだろう」
もちろん、原因を振り返ること自体は悪いことではありません。
原因が見えることで、次に活かせることもあります。
でも、原因探しがいつのまにか、
「私が悪い」
「私が弱い」
「私がダメだ」
に変わってしまうことがあります。
すると、出来事を見ているつもりが、自分の価値を責める方向に進んでしまいます。
「私が理由」にすると、対処できる気がする
自分責めが強いとき、
「私が理由だったんだ」
と思うことで、少しだけ対処できるような感覚になることがあります。
私が悪いから、こうなった。
私が弱いから、不安になった。
私がちゃんとしていないから、繰り返してしまった。
私が変われば、次は防げるかもしれない。
こう考えると、原因がはっきりしたように感じます。
そして、
自分を直せばいい。
もっと頑張ればいい。
もっと気をつければいい。
次は同じことを防げるかもしれない。
そんなふうに、対処できる感じが生まれることがあります。
だから自分責めは、ただ自分を傷つけるためだけに起きているとは限りません。
不安な状態を、どうにか扱える形にしようとしていることがあるんです。
でも、本当に起きていた流れが見えなくなる
ただし、全部を「私が悪い」にしてしまうと、その前に起きていた流れが見えにくくなります。
本当はその前に、
身体が反応していたのかもしれない。
不安や怖さが出ていたのかもしれない。
「こうした方が安全かも」と感じていたのかもしれない。
その結果として、
確認する。
黙る。
我慢する。
合わせる。
という行動が出ていたのかもしれない。
でも、
「私が悪い」
「私が弱い」
「私がダメだ」
で終わってしまうと、その流れを見ないまま、自分だけを責め続けてしまいます。
一瞬、対処できる気がする。
でも、本当に起きていた流れが見えなくなる。
ここが、自分責めが苦しくなる理由のひとつです。
自分を理由にすると、全部背負ってしまう
自分を理由にすると、たしかに原因が分かりやすくなります。
でもそのぶん、本当はいろいろな要素があったかもしれない出来事を、全部自分ひとりで背負ってしまうことがあります。
相手の状態。
その場の空気。
タイミング。
情報不足。
過去の経験。
身体の緊張。
自分の中の不安。
本当は、いろいろなものが重なって起きていたかもしれません。
でも、
「私が悪い」
にすると、全部が自分のせいになってしまう。
そして、自分だけを責める方向に進んでしまいます。
出来事と、自分の価値がくっついてしまう
自分責めが強いとき、出来事と自分の価値がくっついてしまうことがあります。
たとえば、
失敗した。
だから、私はダメだ。
不安になった。
だから、私は弱い。
確認してしまった。
だから、私は重い。
言えなかった。
だから、私は情けない。
でも本当は、出来事と自分の価値は同じものではありません。
失敗したことと、あなたの価値がないことは同じではありません。
不安になったことと、あなたが弱い人間だということは同じではありません。
繰り返してしまったことと、あなたがダメだということは同じではありません。
まずは、出来事と自分の価値がくっついていることに気づくことが大切です。
まず見るのは「私が悪い」ではなく「何が起きていたのか」
自分を責めているとき、私たちはすぐに、
「私が悪い」
「私が弱い」
「私がダメだ」
「私が変わらなきゃ」
という方向に行きやすくなります。
でも、まず見るのは「私が悪いかどうか」ではありません。
その前に、自分の中で何が起きていたのかを見ることです。
身体はどう反応していたのか。
何が不安だったのか。
何を怖いと感じたのか。
何を守ろうとしていたのか。
どんな行動が出たのか。
「私が悪い」で終わらせずに、その前の流れを見る。
そこから、自分を責める以外の見方が生まれていきます。
「今、自分を責める反応が出ているんだな」
自分を責めていることに気づいたら、まずはこう見てみます。
「今、自分を責める反応が出ているんだな」
「今、原因を探そうとしているんだな」
「今、対処できる形にしようとしているんだな」
「今、同じことを防ぎたくて責めているんだな」
「今、自分の価値まで下げて見ているんだな」
こう見ることは、自分責めを肯定することではありません。
ずっと責め続けましょう、という意味でもありません。
ただ、
「責めてしまった私はダメだ」
とさらに責める代わりに、
「今、自分を責める反応が出ているんだな」
と見る。
それだけで、少し距離ができます。
責める代わりに、流れを見る
自分を責めていると気づいたとき、大切なのはさらに責めることではありません。
「その前に何が起きていたんだろう」
「身体はどう反応していたんだろう」
「何が怖かったんだろう」
「何を守ろうとしていたんだろう」
「なぜ『私が悪い』と思ったんだろう」
と見ていきます。
気づくことは、すぐに自分責めを止めることではありません。
でも気づけると、自分責めに飲み込まれている状態から少しだけ離れやすくなります。
責めてしまった自分も、責めなくていい
ここで、もう一度大切なことを確認します。
責めてしまった自分も、責めなくて大丈夫です。
否定してしまった自分も、否定しなくて大丈夫です。
自分を責める反応にも、そうなる流れがあります。
だから、
「自分を責めてしまった」
「また否定してしまった」
「そんな自分はダメだ」
と、さらに責めなくて大丈夫です。
まずは、
「今、自分を責める反応が出ているんだな」
と見ていきます。
それが、自分責めから少し距離を取る最初の一歩になります。
少しだけ間ができる
自分を責める反応に気づけると、ほんの少し間ができます。
その間に、小さな選択肢が生まれます。
「今は、自分の価値まで下げなくてもいいかもしれない」
「出来事と自分の価値を分けて見てみよう」
「『私がダメ』ではなく、『何が起きていたのか』を見てみよう」
「今は責めるより、少し落ち着いてから考えよう」
大きく変えようとしなくて大丈夫です。
まずは、自分を責めていることに気づく。
そこから、少しずつ選べる行動が増えていきます。
4時間目のまとめ
この時間で、まず分かればいいのは3つです。
- 自分責めは、弱さや性格だけで起きているとは限らない
- 自分を理由にすると、一時的に「対処できる」感じが生まれることがある
- でも「私が悪い」で終わらせると、その前に何が起きていたのかが見えにくくなる
自分責めの奥には、
原因を探したい。
対処できる形にしたい。
同じことを防ぎたい。
安心したい。
そんな反応があることがあります。
だからまずは、
「今、自分を責める反応が出ているんだな」
と気づくところから始めていきます。
次の時間では
次は、
5時間目|なぜ、変わろうとすると苦しくなるのか
を見ていきます。
考えすぎをやめたい。
不安をなくしたい。
繰り返しをやめたい。
自分責めをやめたい。
そう思うこと自体は、悪いことではありません。
でも、
「この自分ではダメ」
「早く変わらなきゃ」
「この反応をなくさなきゃ」
という前提で変わろうとすると、かえって苦しくなることがあります。
次の時間では、変わろうとして苦しくなる流れを見ていきます。