頭より先に、身体が反応していることがある
不安になりたくない。
落ち着いていたい。
大丈夫だと思いたい。
気にしすぎないようにしたい。
そう思っているのに、
なぜか胸がざわざわする。
呼吸が浅くなる。
身体が落ち着かない。
そんな経験はありませんか?
この時間では、不安を「弱さ」や「考えすぎ」として責めるのではなく、自分の中で何が起きているのかを見ていきます。
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頭では「大丈夫」と分かっているのに、身体が落ち着かない
たとえば、
大丈夫と言われたのに、安心できない。
何も起きていないのに、胸がざわざわする。
返信が来ないだけで、落ち着かなくなる。
相手の少しの変化が気になってしまう。
理由は分からないけれど、身体がこわばる。
不安を消そうとするほど、余計に不安になる。
頭では、
「大丈夫なはず」
と分かっている。
でも身体の方は、なぜか落ち着いてくれない。
そんなことが起きることがあります。
不安になっている自分を、さらに責めてしまう
不安なとき、私たちはつい、
「なんでこんなことで不安になるんだろう」
「もっと安心できる人になりたい」
「私はメンタルが弱いのかもしれない」
「気にしすぎなのかもしれない」
「ちゃんと落ち着かなきゃ」
「不安をなくさなきゃ」
と思います。
でも、そう思えば思うほど、
「また不安になった」
「まだ落ち着けない」
「大丈夫って思えない」
「やっぱり私は弱いのかもしれない」
と、「不安になっている自分」を何度も確認することになります。
不安そのものに加えて、
「不安になる自分はダメだ」
という苦しさまで重なってしまうんですね。
不安は、ただの弱さではない
不安になるのは、ただあなたが弱いからとは限りません。
不安は悪いものとして見られやすいですが、本来は危険に気づくための反応でもあります。
「危ないかもしれない」
「失敗するかもしれない」
「嫌われるかもしれない」
「傷つくかもしれない」
「同じことがまた起きるかもしれない」
そう感じたとき、私たちの中では安全を確認しようとする反応が起きることがあります。
つまり不安は、
あなたを苦しめるためだけに出ているのではなく、
安全を確かめようとして出ていることがあるんです。
身体は、考える前に守ろうとする
少し日常の例で考えてみます。
転びそうになったとき、
私たちは、
「今から手をつこう」
と考えてから手を出しているわけではありません。
気づいたときには、もう手が出ていることがあります。
大きな音がしたときも、
「大きな音がしたから驚こう」
と考えてから身体を動かしているわけではありません。
考える前に、身体がビクッと反応することがあります。
このように身体は、
頭でゆっくり考える前に、先に自分を守ろうとすることがあります。
まずは、
「身体は、考える前に動くことがある」
ということだけ分かれば大丈夫です。
不安でも、身体が先に反応していることがある
不安も、これと少し似ています。
頭で理由を考える前に、身体の方が先に反応していることがあります。
胸がざわつく。
呼吸が浅くなる。
肩に力が入る。
胃のあたりが重くなる。
身体がこわばる。
落ち着かなくなる。
そしてそのあとで、
「嫌われたかもしれない」
「失敗するかもしれない」
「このままだと危ないかもしれない」
「何か悪いことが起きるかもしれない」
という言葉が出てくる。
つまり、不安は「考え」だけから始まっているとは限りません。
身体が先に反応して、そのあとで理由や言葉が出てくることがあるんです。
身体のざわつきに、あとから理由がつく
身体が先に反応すると、私たちはその理由を探し始めます。
「なんでこんなにざわざわするんだろう」
「何が不安なんだろう」
「何か危ないことがあるのかな」
「相手が怒っているのかな」
「私が何か間違えたのかな」
そして理由が見つかると、
「だから不安だったんだ」
「やっぱり危ないんだ」
「やっぱり嫌われたのかもしれない」
と感じます。
でも、その理由は必ずしも事実とは限りません。
身体が反応しているから、そう見えていることもあります。
不安が大きくなる流れ
不安が大きくなるときには、こんな流れが起きることがあります。
身体がざわつく。
↓
「何か危ないのかもしれない」という考えが出る。
↓
危ない理由を探し始める。
相手の表情。
返信の遅さ。
言葉の細かい違い。
過去に似た出来事。
自分の失敗。
↓
不安な材料が増える。
↓
さらに身体が緊張する。
不安だから確認する。
確認するほど不安な材料が増える。
不安な材料が増えるから、さらに不安になる。
そんな循環が起きることがあります。
「大丈夫」と言われても安心できないことがある
誰かに、
「大丈夫だよ」
と言われても、安心できないことがあります。
頭では、
「大丈夫なのかもしれない」
と思う。
でも身体はまだ緊張している。
胸のざわざわが残っている。
肩に力が入っている。
呼吸が浅いままになっている。
その状態では、
言葉で「大丈夫」と言われても、身体の方がまだ安全だと感じられていないことがあります。
だから、
「大丈夫って言われたのに安心できない私はおかしい」
と責めなくて大丈夫です。
安心できないのは、身体の反応がまだ残っているからかもしれません。
不安をなくそうとすると、余計に見張ってしまう
不安なとき、私たちはよく不安をなくそうとします。
「不安になっちゃダメ」
「早く安心しなきゃ」
「落ち着かなきゃ」
「考えすぎないようにしなきゃ」
「気にしないようにしなきゃ」
でも、そう思うほど、
「不安があるかどうか」
を見張ってしまうことがあります。
「まだ不安がある」
「まだ胸がざわざわしている」
「まだ安心できていない」
「まだ大丈夫だと思えない」
不安をなくそうとしているのに、結果的に不安を何度も確認してしまう。
そんな流れが起きることがあります。
まず見るのは「不安の理由」ではなく「身体の反応」
不安になると、すぐに理由を探したくなります。
「何が不安なんだろう」
「何が危ないんだろう」
「誰が怒っているんだろう」
「私は何を間違えたんだろう」
「この先どうなるんだろう」
もちろん、本当に確認が必要な場面もあります。
でも、同じことを何度も考えて苦しくなっているときは、
不安の理由を探す前に、まず身体を見てみます。
「胸がざわついているな」
「肩に力が入っているな」
「呼吸が浅くなっているな」
「胃のあたりが重いな」
「身体がこわばっているな」
まず、
「今、身体が反応しているんだな」
と気づく。
そこが最初の一歩です。
「今、身体が安全を確認しているんだな」
不安に気づいたら、
「今、身体が反応しているんだな」
「今、安全を確認しようとしているんだな」
「今、胸がざわざわしているんだな」
「今、呼吸が浅くなっているんだな」
「今、身体がこわばっているんだな」
と見てみます。
これは、不安を肯定してずっと抱えるという意味ではありません。
不安を大事にし続けましょう、という意味でもありません。
「また不安になった。私は弱い」
と責める代わりに、
「今、身体が安全を確認しているんだな」
と見る。
それだけでも、不安の中に入り込んでいる状態から少し距離ができます。
気づくと、少しだけ間ができる
身体の反応に気づけると、ほんの少し間ができます。
その間に、
「一度、息を吐いてみよう」
「肩の力を少し抜いてみよう」
「今は答えを出さなくてもいいかもしれない」
「身体が落ち着いてから考えてみよう」
「今すぐ確認しなくてもいいかもしれない」
という小さな選択肢が生まれます。
大きく変えようとしなくて大丈夫です。
まずは、不安になっている自分を責める前に、身体の反応に気づく。
そこから、少しずつ選べる行動が増えていきます。
2時間目のまとめ
この時間で、まず分かればいいのは3つです。
- 不安は、弱さや性格だけで起きているとは限らない
- 不安なとき、頭より先に身体が反応していることがある
- 不安をなくそうとする前に、「今、身体が反応しているんだな」と気づく
完璧に理解しようとしなくて大丈夫です。
「不安になった=何か悪いことが起きている」
とすぐに決める前に、
「まず身体が反応しているのかもしれない」
という見方があることを覚えておいてください。
次の時間では
次は、
3時間目|なぜ、やめたいのに繰り返してしまうのか
を見ていきます。
身体が反応する。
不安や怖さが出る。
「こうした方が安全かもしれない」と感じる。
そして最後に、それが言葉や態度や行動として外に出る。
確認してしまう。
黙り込んでしまう。
言い返してしまう。
我慢してしまう。
相手に合わせすぎてしまう。
3時間目では、こうした繰り返しを「意志の弱さ」ではなく、内側の反応が行動として外に出たものとして見ていきます。