人を「変える」のではなく、その人の仕組みを見る
そとがわメソッド 対人支援者コースは、
基礎講座・実践講座よりさらに高度な理論を学ぶための、
「上級編」ではありません。
基礎講座で、
人間がどういう仕組みで動いているのかを知る。
実践講座で、
その仕組みを使って、
自分の中で何が起きているのかを見られるようになる。
その見方を、
今度は
「人を支援する」という場面に応用するためのコース
です。
誰かの相談を聞いていると、
「こう考えた方が楽なのに」
「こうすれば解決できるのに」
「なぜ、そこから離れないんだろう」
と思うことがあります。
支援する側から見ると、
答えが見えているように感じることもあります。
でも、
本人にとって、
その反応や行動が必要になっているなら、
正しい答えを伝えるだけでは変わらないことがあります。
断れない。
人の顔色を見る。
自分を責める。
同じ関係を繰り返す。
分かっているのに行動できない。
そこには、
その人の中で、その反応が必要になる仕組み
があります。
対人支援者コースでは、
「どうすればこの人を変えられるか」
ではなく、
「この人の中では、今何が起きているのだろう」
を見るところから支援を考えます。
そして同時に、
「この人をどうにかしたい」と思った支援者自身の中で、何が起きているのか
も見ていきます。
支援する側にも、反応があります
支援する仕事をしていると、
相手のためを思うほど、
「良くなってほしい」
「気づいてほしい」
「行動してほしい」
「そこから抜けてほしい」
という気持ちが生まれることがあります。
それ自体が悪いわけではありません。
支援者も人間なので、
当然、反応します。
ただ、
「この人にはこうなってほしい」
という支援者側の思いが強くなると、
いつの間にか、
相手を見るのではなく、
自分が考えるゴールへ相手を動かそうとしてしまう
ことがあります。
だから、
そとがわメソッドの対人支援では、
相談者だけではなく、
支援している自分の中で何が起きているのか
も見ます。
なぜ、
この言葉を伝えたくなったのか。
なぜ、
この人には強く反応するのか。
なぜ、
早く変わってほしいと思ったのか。
なぜ、
この選択をしてほしいと思ったのか。
なぜ、
「それではダメだ」
と感じたのか。
そこには、
支援者自身の経験。
価値観。
意味づけ。
正しさ。
不安。
承認。
などが動いていることがあります。
だからこそ、
自分の中で起きていることと、相手の中で起きていることを分けて見る。
それが、
そとがわメソッドの対人支援の土台になります。
「どうにかしたい」が出たときこそ、自分を見る
相談者が、
同じ話を繰り返す。
こちらから見ると答えが見えているのに、
行動しない。
何度伝えても、
また同じところに戻る。
そんなとき、
「もう分かってほしい」
「なぜやらないの?」
「このままでは変わらない」
「私が何とかしなければ」
と感じることがあります。
ここで、
相手だけを見ていると、
「この人が変わらないこと」
だけが問題に見えます。
でも、
そとがわメソッドでは、
そこで一度、
「今、私はこの人をどうにかしたくなっている」
という、
支援者側に起きた反応も見ます。
なぜ、
この人が変わらないことが、
自分にとって問題になっているのか。
なぜ、
この人に結果を出させる必要を感じているのか。
なぜ、
この人にはこの答えを選んでほしいのか。
そこを見ないまま支援すると、
支援者自身の価値観や正しさを、
「相手のため」
という形で、
相手に重ねてしまうことがあります。
支援者自身を見るのは、
相手への関心を減らすためではありません。
自分のものを、相手のものとして扱わないため
です。
「困った行動」にも、その人なりの理由がある
たとえば、
頼まれると断れない人がいる。
支援する側から見れば、
「嫌なら断ればいい」
と思うかもしれません。
でも本人の中で、
断ることが、
「嫌われる」
「相手を困らせる」
「関係が壊れる」
という意味になっていたら、
その人にとっては、
断らないことに理由があります。
頭では、
「断ってもいい」
と知っている。
それでも、
実際の場面になると反応が起き、
いつもの行動へ進む。
そのとき必要なのは、
さらに、
「断ってもいいよ」
と教えることではなく、
なぜ、その人にとって断らないことが必要になっているのか
を一緒に見ることかもしれません。
問題に見える行動だけを見るのではなく、
その行動が成立している仕組みを見る。
これが、
そとがわメソッドを対人支援に使うときの基本です。
相手の話を、「自分の意味づけ」で完成させない
誰かの話を聞いたとき、
私たちは、
自分の経験や知識を使って相手を理解します。
「それは自己肯定感が低いから」
「親との関係が原因だろう」
「本当はこう思っているんじゃないか」
「このタイプの人はこうだ」
知識があるほど、
説明できることも増えていきます。
でも、
説明できることと、
その人の中で実際に起きていること
が、
同じとは限りません。
だから、
支援者側の解釈だけで答えを完成させず、
実際に何が起きたのか。
本人は何を受け取ったのか。
そこにどんな意味がついたのか。
何が起きると予測したのか。
どんな反応が起きたのか。
なぜ、その行動が必要になったのか。
本人と一緒に見ていきます。
「この人はこういう人」
ではなく、
「この人の中では、今何が起きているのだろう」
という位置から関わる。
そして、
自分の中に、
「きっとこうだ」
が出てきたときには、
それも、
支援者側に起きた意味づけ
として見ていきます。
答えを渡すより、自分の仕組みに気づけるようにする
対人支援では、
答えを求められることがあります。
「どうすればいいですか?」
「どちらを選べばいいですか?」
「どう考えれば楽になりますか?」
もちろん、
必要な知識や情報を伝えることはあります。
でも、
すべての答えを支援者が決めてしまうと、
相談者は、
「自分で自分を見る」
のではなく、
「支援者に正解を教えてもらう」
ようになることがあります。
そとがわメソッドでは、
支援者が正解を持つことよりも、
本人が、
「あ、私はここで反応していたんだ」
「この出来事に、こういう意味をつけていたんだ」
「だから、この行動が必要だったんだ」
と、
自分の中で何が起きているのかに、自分で気づけること
を大切にします。
支援者が相手を変えるのではありません。
相手が、自分自身を見るための場をつくる。
そのための支援を考えていきます。
支援者は、相手と一緒に仕組みを見る
相手が反応の中にいるとき、
本人には、
その反応によって見えているものが、
現実そのものに見えることがあります。
「絶対に嫌われる」
「私が悪い」
「こうするしかない」
「もう無理だ」
そんなとき、
支援者は、
本人だけでは見えにくくなっている部分を、
一緒に確認できます。
実際に何が起きたのか。
本人の中では何が起きたのか。
身体はどう反応したのか。
どんな意味がついたのか。
何が起きると予測したのか。
なぜ、その行動が必要になったのか。
答えを決めるのではなく、
一緒に見る。
そして、
本人が、
「自分の中では、こういうことが起きていたんだ」
と自分で見られるところまで支える。
その先で、
「では、私はどうしたい?」
を本人が選ぶ。
それが、
そとがわメソッドの対人支援です。
支援者自身も、中庸から関わる
相談者だけが、
反応の中から抜けて、
中庸の状態から選べばいいわけではありません。
支援している側にも、
反応は起きます。
助けたい。
早く楽になってほしい。
分かってほしい。
その選択はやめてほしい。
こちらを選んでほしい。
それ自体を、
なくす必要はありません。
ただ、
その反応の中にいるまま支援すると、
自分の正しさや不安が、
支援に混ざることがあります。
だから、
「今、私はこう感じている」
と自分の反応を見る。
そのうえで、
今、
何を伝えるのか。
質問するのか。
待つのか。
何もしないのか。
支援者自身も、中庸の状態から選ぶ。
そとがわメソッドの対人支援では、
そこも大切にします。
「支援者の反応」を相談者に重ねないために
支援者にも、
得意な相談と苦手な相談があります。
似た経験を持つ人。
自分の家族を思い出す人。
なぜか助けたくなる人。
逆に、
なぜかイライラする人。
どうしても理解できない人。
そうした反応が起きること自体は、
おかしなことではありません。
大切なのは、
その反応を、
そのまま相談者の問題として扱わないこと
です。
「私は今、この人の話に反応している」
と気づく。
自分の反応と、
相手に起きていることを分ける。
たとえば、
自分が過去に似た経験をしていたから、
「絶対にそこから離れた方がいい」
と思うかもしれない。
自分が努力して乗り越えてきたから、
「この人ももっと頑張るべきだ」
と思うかもしれない。
相手が苦しそうだから、
「早く何とかしてあげたい」
と思うかもしれない。
それらは、
相談者の答えではなく、
支援者自身の中で起きた反応かもしれません。
対人支援者コースでは、
相手を見る方法だけではなく、
支援している自分を見ること
も扱います。
「良くすること」を背負いすぎない
支援者は、
相談者の人生を代わりに生きることはできません。
どれだけ丁寧に関わっても、
最終的に何を選ぶのかは、
本人の領域です。
支援者が、
「この人を良くしなければ」
「結果を出させなければ」
「このまま帰してはいけない」
と背負いすぎると、
支援者自身も苦しくなり、
相手の選択を待つことが難しくなることがあります。
そのとき、
「責任感が強いから」
だけで終わらせず、
なぜ、自分はこの人の結果を背負う必要を感じているのか
を見ることもできます。
支援者ができるのは、
見るための材料を渡すこと。
一緒に整理すること。
本人には見えにくくなっている部分を確認すること。
必要な知識や情報を伝えること。
そして、
最終的な選択を、本人に返すこと。
相手の人生を背負わず、
だからといって、
突き放すのでもない。
その境界も、
対人支援では大切になります。
「何もしない」が必要な場面もある
支援をしていると、
何かを言わなければ。
気づかせなければ。
質問しなければ。
解決につなげなければ。
と思うことがあります。
でも、
いつでも介入することが、
支援とは限りません。
本人が、
自分で話しながら整理している途中かもしれない。
まだ答えを出す段階ではないかもしれない。
ただ、
自分の中で起きていることを確認できたことで、
十分なこともあります。
そして、
支援者が、
「何かしなければ」
と感じたときには、
そこにも、
支援者自身の反応があるかもしれません。
沈黙が不安なのか。
役に立っていると感じたいのか。
結果を出したいのか。
相手が苦しんでいる状態に耐えにくいのか。
「何かをする必要」を感じている自分も見る。
そのうえで、
必要なときには関わる。
必要がないなら待つ。
何もしない。
それも、
支援者が中庸から選べる行動のひとつです。
対人支援者コースで扱うこと
対人支援者コースでは、
相手を分析するための答えを増やすのではなく、
人間の仕組みへの理解を、
支援という関係の中でどう使うのか
を扱います。
相談者の出来事と意味づけを分けて見ること。
反応や行動が必要になっている仕組みを見ること。
支援者側で答えを決めずに質問すること。
本人が、
自分の中で起きていることを見られるように関わること。
支援者自身に起きた反応を見ること。
「どうにかしたい」が出たときに、
自分側を確認すること。
自分の経験や価値観と、
相手のものを分けること。
相手の結果を背負いすぎないこと。
支援者と相談者の境界を見ること。
必要な情報を渡したうえで、
最終的な選択を本人に返すこと。
そして、
支援者自身も中庸の状態から、どう関わるかを選ぶこと。
などを扱います。
目的は、
「正しい支援者」になることではありません。
支援という場面でも、
自分の中で何が起きているのかを見ながら、
相手の中で起きていることを、
相手と一緒に見る。
そのためのコースです。
こんな方におすすめです
カウンセラー、コーチ、セラピストなど、
人の相談を受ける仕事をしている。
相談を聞いていると、
つい答えを教えたくなる。
相手が変わらないと、
自分の支援が悪かったように感じる。
相手を早く楽にしてあげたいと思うことがある。
相手の感情や問題を背負いすぎてしまう。
自分の経験や価値観を、
相談者に重ねてしまうことがある。
「この人にはこうしてほしい」
が強くなることがある。
相手が同じことを繰り返すと、
焦りや苛立ちが出ることがある。
「なぜ、この人はこうするのか」
を、
性格ではなく仕組みとして見たい。
相談者自身が、
自分の仕組みに気づける支援をしたい。
人間の仕組みへの理解を、
対人支援にも使いたい。
そんな方のためのコースです。
対人支援者コースは、本編の「上級編」ではありません
そとがわメソッドの本編は、
無料講座
↓
基礎講座
↓
実践講座
↓
卒業
です。
対人支援者コースは、
実践講座より、
さらに高度な自分になるための講座ではありません。
基礎講座で、
人間の仕組みを理解する。
実践講座で、
自分の中で何が起きているのかを、
自分で見られるようになる。
その見方を、
今度は人を支援する場面でも使いたい人のための応用コース
です。
自分を見るときと違って、
対人支援には、
相手がいます。
だからこそ、
相手の仕組みだけではなく、
支援している自分の中で何が起きているのか
を見ることが欠かせません。
「この人をどうにかしたい」
「こうなってほしい」
「この答えを選んでほしい」
そう思ったとき、
その思いをそのまま相手へ渡すのではなく、
まず、
「なぜ、私は今そう感じているんだろう」
と自分側も見る。
自分の正しさと、
相手の仕組みを分ける。
相手を分析して、
「あなたはこういう人です」
と決めるのではなく、
相手の中で何が起きているのかを、
本人と一緒に見る。
人を変えるためではなく、
その人が、自分自身の仕組みに気づき、中庸の状態から自分で選べるように支える。
それが、
そとがわメソッド 対人支援者コース
です。
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